前回「近つ飛鳥」にきた折には「太子町」を中心に歩いた。 今回はさらに河内の中心へと166号線を太子町から下っていくことにした。 166号線とは「竹内街道」である。 

ここは駒ヶ谷あたり、羽曳野市の東部にあたり、現在の柏原市の南部(旧 国分村・玉手村)と合わせて古代では「飛鳥戸郡」と呼ばれた。 そしてこのあたりを支配していたのは、百済からの渡来系『飛鳥戸氏』。 その中枢の場所を歩いてみた。

『杜本神社』 ≫分かりやすい詳細

 

杜本神社①

 

杜本神社②

鳥居をくぐり、竹林の参道を登っていく

 

杜本神社③

拝殿 


杜本神社④

 

杜本神社⑤

●御祭神 経津主神(ふつぬしのかみ)とは

矢作忌寸(やはぎいみき)の忌寸(いみき)とは・・・天武天皇が制定した「八色の姓(やくさのかばね)」の中の位の一つで、貴族の姓(カバネ)としては、朝臣、宿禰、忌寸の三つである。 上から4番目位となる。 忌寸は主に渡来系の氏族に与えられた。

 

杜本神社⑥

狛犬がサッカー

 

杜本神社⑦

こちら吽形は子持ち

                *

ところで、有名な隼人石ですがひとつは拝殿向かって右側にあったのですが、絵柄も分かりずらいものだった。 そしてもうひとつは見当たらずじまい。 

自然石に彫りこまれた「獣面人身像」。 明日香のキトラ古墳の壁面のものと同じような絵柄だという。 渡来系の人たちが先祖をしのんで建てたのではなかろうかと言われている。 ≫隼人石 もう一方

 

杜本神社⑧

本殿から右奥に祠が並ぶ。 まずはなぜか質素な「藤原永手の墓」と長寿祈願「亀の石」

 

 

杜本神社⑨

維日谷稚宮(いびや若宮神社)

反正天皇、伊波別命、袁登賣命を祀る。この社の南 300m程に日谷椎宮森と呼ばれた所から移したもので、この森は反正天皇の故事に因む近飛鳥(ちかつあすか)の名前の発祥の地と伝わる。

「近つ飛鳥」・・・反正天皇が、難波から大和の石上神宮に参向する途中で二泊した。その地を名付けるに、近い方を「近つ飛鳥」、遠い方を「遠つ飛鳥」と名付けたというもの。

 

杜本神社⑩

創建年代不詳正行が父正成公の姿を刻みこの地に祭られたものと伝えられている。

 

杜本神社⑪

そして「大楠公御首塚」とある。 新しい「くすのきの葉」が供えられていた。 まぁ、確かなことは分からないけれど、楠公さんは河内の人たちにとっ てはヒーローですから... 城のあった千早赤坂村からここまではそう遠くないので、このあたりに縁の地があってもおかしくはない。 でも少し地味な気が するが、派手だと目立つからという考えもあるから、夢のままにしておきたい。

 

               平成23年1月18日 参拝