神戸ストリーム

From traditional light and darkness of Japan and the importance of nature from Kobe… / 日本の伝統的な明と暗、そして自然の癒しを神戸から… / © 2006 神戸ストリーム Corporation.

2011年04月

橘諸兄 井手町に行くことは橘諸兄公に逢いに行くと言うに等しい。今や桜と合わせて井手町の観光目玉となっている「山吹」は元はといえば橘諸兄のお手植えが発端だと言われている。 歴史的背景はこちらのコラムがよく分かる 夢の都「瓶原宮(みかのはらのみや)」恭仁京(くに ...

井出町 上井手「左馬ふれあい公園」に数百トンの花崗岩に刻まれた半肉彫りの左り馬がある。    見事な立体感。しゃがんで見上げる形で見ることが出来る    このような巨岩(駒岩)の右下にある。  元来はすぐ岩の左側を流れる玉川の左岸山腹にあった雨吹龍王祠(水分神 ...

地蔵禅院に隣接している「玉津岡神社」 古くは椋本神社、八王子社と呼ばれていた井手町の氏神である。御祭神は庶民の足元を照らされる下照比賣命、配祀はその兄の味耜高彦根命、合祀は天兒屋根命、少彦名命、素盞嗚男命、菅原道眞   一の鳥居は地蔵禅院の「二本のお世継ぎ櫻 ...

京都円山公園の枝垂れ桜は「一重白彼岸枝垂桜(ひとえしろひがんしだれざくら)」という品種で、初代の枝垂桜は1947年/昭和22年に枯死したため、現在は2代目である。その初代の枝垂桜と今から見る地蔵禅院の枝垂桜は兄弟となる。ようするに丸山公園の今の桜の叔父にあたる。  ...

府道321号和束井手線を横断し北の山裾を登っていく。道々の民家では即席の茶店が開かれていたり、道々に露店があって、歩くのが楽しい。    まっすぐに伸びる参道、この先に「地蔵禅院」「玉津岡神社」がある。その前に、最初に現れるのが「小野小町塚」だ。🔹小野小町塚 ...

京都府綴喜郡(つづきぐん)には二つの町がある。桜と山吹の里「井手町」と、日本緑茶発祥の地「宇治田原町」だ。今回はその類稀なる存在感と吸引力を放つ一本の桜を見るがための井手町への旅である。町役場で観光MAP(さくらまつり案内マップ)をゲットし、すぐ裏から続く玉 ...

津山から一路、旧閑谷学校へ岡山を南北に縦断する途中、岡山県下最古の木造建築を美作市真神に見た。鎌倉時代の弘安8年/1285年建立の三重塔(国指定の重要文化財/国宝と記載する資料もある)がそれだ。🔹真木山  般若院 長福寺   ずいぶんと遠くから、山裾に派手に輝く三 ...

折り返し、出雲街道を西に向かう。   本家忠兵衛鎌製作所   すぐ真向かいは、緑繁る木と模様が美しい戸の家(旧梶村家住宅)。このあたりはNHK「あぐり」ロケ地。通りの昔ながらの家は、道に面し、屋根が低くつくられている。これは、この出雲街道を大名行列が通ったときに ...

大隈神社 寺下通りの中間あたりにある。鶴山城鬼門守護として代々国主の崇敬特に厚く、大橋*以東の産土神として多くの人々に崇敬されている。  御祭神 大国主命 少彦名命 ⊳津山まつり城東 大隅神社秋の大祭の模様 大橋津山城の東側に流れる宮川にかかる城下町への東の ...

津山城 鶴山公園をあとに、城下の保存地区「城東町並保存地区」をくまなく歩く計画。登ってきた「元京町門」ではなく城の東側の「旭門」に向かう。 石段を降り宮川沿いに北上、スタート地点の真っ赤な「稲荷橋」へ。千代稲荷神社だ。止まって調べて向かう、止まって調べて・ ...

美作滝尾駅から市内に戻る途中、あえて農道を走った。どの村だったか忘れたが、木彫りの地蔵様が置かれた交差点があった。  いつから置かれているのだろう?    石碑の破片のようなものを祀る祠。    時計が町中に置かれているのも、このあたりの特徴だ。このあと車走ら ...

戦前に建築された古い木造平屋作りの駅舎は「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭のシーンに登場す。駅前には映画の撮影が行われたことを記念した碑も建てられているて、待合室には写真が飾られている。そしてこの駅舎は2008年11月に ...

現存の社殿は永禄2年に尼子晴久によって再建されたときのもので、入母屋造妻入の他地方には例を見ない「中山造」と呼ばれる構造となっており、大正3年/1914年に国の重要文化財に指 定されている。⊳中山造とは 美作一ノ宮 中山神社  猿神社 古事記、日本書紀はおろか、ど ...

津山歴史民族館は古い教会をそのまま使っている。館内には「森本慶三記念館」と「歴史民俗館」が同居している。   この博物館でおおよその津山のことは知ることが出来る。というわけで津山の町並みと歴史に興味が生まれてしまい、翌日にたっぷりと歩くことになる(笑)。参考 ...

信長公の側近として本能寺において殉死した森欄丸の弟が津山藩主となり、そののち二代目藩主森長継が明暦年間(1655-1658)に京都から作庭師を招いて築いたとされる。現存しているのは当時の三分の一というものらしいが、無料はうれしい限りだ。先月に訪れた岡山市内の「後楽園 ...

万葉集の第十六巻にこうある 『勝間田の 池は我れ知る 蓮なし しか言ふ君が 鬚なきごとし』 ⊳解説  そして偶然にも岡山、出雲街道沿いに「勝間田」と言う町があり、かの森欄丸の弟の森忠政が築いた「津山城」の城下町に「勝間田町」がある。ちなみに出雲街道とは主に姫路 ...

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