🔷六甲山 吉祥院多聞寺 


平家 福原京の北面の守護寺、創建は大化の改新直後で、法道仙人の開基とされてる。

その後荒廃したが、九世紀に高野山の僧侶「長善阿舎利」により再建され真言宗となったと言われている。

当初の所在地は現在の地より1.5キロばかり南の「古寺山/ふるでらやま、標高636m)」というところである。



▼古寺山に登山された方の詳しいブログ

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「平清盛公祈願所」と街道に面したところに石票がある。 

清盛は京で鞍馬山が果たした役割を担わそうと、寺領を与え、鞍馬、八瀬の大原の人々を移り住まわせたと伝えられている。 

村の言葉はみやこ言葉が使われたそうで、唐櫃村の女性は、大原女の様に、頭に山の幸や、薪を乗せて六甲を山越えして商いに行ったと言われている。



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1462年のこと、本堂裏にそそり立つ一本の杉に夜ごと灯りがともるとの噂が広まった。

それを聞きつけた北区八多町附物にあった奥蔵院(法道仙人開基、豊臣秀吉三木攻めで焼失)の院主長算と有馬温泉寺の僧重盛らによって「この場所こそ霊地に違いない」と古寺山から現在の地に再建されたという。

▼奥蔵院はおそらくこの場所だろう




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山門の手前左脇にある案内板。

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山門

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石段を登るたびに気温が下がる気がする。見事な巨木もさりげない。

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⊳羅漢とは

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ノーモア広島

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境内左手の手水舎と後ろに鐘楼。

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右手には大きな石柱

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石柱のうしろに虎? そして少し映っている木が樹齢300年のかやの木

⊳樹齢300年のかやの木の写真

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境内の左下に茶室が見える

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本堂(毘沙門堂) 

1690年に中興の祖と言われる了円が建て直したもの。

本尊
大日如来
不動明王
実沙門天





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本堂から渡り廊下で繋がるお堂。 

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境内の右側(北側)にある寺務所は見事な様相。 

毎年2月11日のお塔祭には、かつてのままで、儀式も烏帽子、直垂、裃(かみしも)装束で行わ れる。

また、このお塔祭を取り仕切るのは、ここから数分南に行くとある屋敷の四鬼本家。四鬼家は昔、奈良県吉野郡天川村洞川から修験者として、この唐櫃に移り住んだと言い伝えがある。 

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🔹愛宕大権現
まん直し地蔵尊

まんなおしは不運を幸運に変えることで、運直し・縁起直し・げん直しの意味。

🔹八幡大菩薩
厄除けと隆運の神

奈良時代に始る神仏習合から起った称号で,仏教に守られる八幡神の意。 天応1年/781年宇佐八幡神を護国霊験威力神通大菩薩と称したのに始るとされる。 明治に入って神仏分離により,石清水,宇佐などの八幡大菩薩の称号が廃せられた。

🔹愛染稲荷大明神
縁結び愛敬稲荷

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真ん中から水が落ちているのだろうが、水枯れのようだ。不動明王もさびしそう

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句碑は解説版もなく読みづらい。

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たくさんある羅漢の中で目立っていた服を着せてもらっている一体。表情が今にも何か話しだしそうだ。

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清盛公ゆかりの地として調べていたが、やはり歴史深いこの寺には見るべきものが多い。

近くにある唐櫃台やここ有野町唐櫃の「唐櫃(からと)」の歴史も有名で、想像通り唐櫃(からひつ)から来るのが由来なのだが。興味のある方は

⊳唐櫃の黄金の鶏伝説


また、多聞寺は貴重な花を有することでも重要な場所のようだ。

⊳多聞寺の歴史と花

兵庫の由来にも何か関連を感じるので調べてみると「兵庫」の由来は、天智天皇の治世に兵の武器の倉庫の意味である「兵庫/つわものぐら」があったことからも由来するとあった。

武器を埋めるということは、神宮皇后のなさったことでもあり、その伝説は岡山あたりから大阪湾にかけて随所でみられる。

最後に多門寺の奥の院は六甲山頂にある六甲比命神社。謎の姫神瀬織津姫を祀る。

  

  2012年2月27日 参拝



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