画像 046
祇園神社の東から南側は見事なほぼ180度の景観が広がる。こちらは左前方東側、元町・三宮の方向。

画像 043
真正面南側には有馬街道(国道428)

画像 042
西側は有馬街道に沿うように流れる天王谷川、そしてそのたもとに福原京湯屋を忍ばせる湊山温泉が見える。


🔹裏ワザ!覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹じゃらん⊳料理、温泉、おもてなしクチコミで選んだ人気宿ランキング
🔹ネット予約でスーツケースレンタル!自宅に届いてラクラク返却!  


天王川というのは祇園神社がかつてスサノオ神社、そして天王社と呼ばれた時代を偲ばせる。天王とはもちろん牛頭天王(スサノオ)のこと。

さて、祇園神社の石段を降りて東側の町中を歩いてみることにする。

画像 026
歩き出してすぐにムードは一気に時空を越える。

このあたりはかつて奥平野村と呼ばれ祇園神社の門前として栄えた。

画像 025
中道古道・奥平野町当事のメインロードとある。 

神戸の山手を東西に走る昔の道は、奥平野石井を通り、夢野から鵯越(ひよどりごえ)を経て_

また石井から烏原(からすわら)の谷を経由して山田に出る道でもあった。 

一本松とはかつてこの街道の目印となった松の木のある場所。

今はその松は枯れてしまい根っこのみが残されている。

⊳在りし日の一本松 

画像 024
祇園神社の「ちまきのお守り」をつけている民家もある。 



画像 028
左手に大きな屋敷とただならぬ案内板が...ここが生島四郎の旧宅。

画像 030

画像 031
元暦1184年~1185年ということは、後鳥羽天皇、源平争乱の時期。

ちなみに元暦2年/1185年3月24日が壇ノ浦の戦いである。

この道をまっすぐ東へ行けば祇園町の氏神「五宮神社」そして夏目漱石も訪れた「祥福寺」がある。

画像 038

画像 039
先ほどのメインロードの一つ南側の道を折り返すと、そこは京都の町並みのようだった。

画像 062
平野交差点あたりまで来た、この案内板は分かりやすい。 

画像 061
清盛像建立予定場所・平成24年6月


🔹湊山温泉


🔹裏ワザ!覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹じゃらん⊳料理、温泉、おもてなしクチコミで選んだ人気宿ランキング
🔹ネット予約でスーツケースレンタル!自宅に届いてラクラク返却!  


画像 050

画像 048
天王谷川を挟んで西側、湊山町にある現存するこのあたり唯一の銭湯であり、福原京の湯屋の跡といわれている。右上に祇園神社が見える。

画像 056
湊山温泉(E)より南に下ってきてこの案内板を見つけた。D、F、G、の史跡は次回として、今回はこのあと雪見御所旧跡に行ってみよう。 


🔹雪見御所旧跡

画像 058

画像 057

画像 059

画像 060
雪見御所跡より西へ平野交差点の方向に戻る。天王谷川を越え、川沿いに南に歩くと見事な石組みの路地を見つけた。

地図を見ていてびっくりしたのが、この天王川を挟んで東西に東に私立平野小学校、西に湊山小学校がある、その間距離にして100m足らず。 

⊳2022年追記
私立平野小学校、湊山小学校は2015年3月31日に廃校となり、神戸市立神戸祇園小学校に統合された


画像 054
2011年11月に出来た「平野の歴史を語り継ぐモニュメント平清盛銅像」 

平野交差点、国道428北向き車線のバス停横にある。なぜここで、なぜこの規模?

平野商店街と書かれた看板が見える。いろいろ調べるとホームページがあったので記録しておく 


 

画像 055
清盛銅像から斜め左に入ると平野小学校の南塀にびっしりのアサガオ。

ここからは国道428の東側、バスどおりの浜側(南側)を東へ歩く

画像 064
むらのでみせ

宍粟市一宮町千町の野菜がここで買うことができる。

限界集落の再生に挑む「あこがれ千町の会」というのがある。ちょっとおもしろいね~。しょうが、ほうれんそう美味しゅうございました。

画像 065
いちばぎゃらりい侑香? 

窓からはなんやら骨董品のような?古道具?なものが陳列しているのが見えた。調べるとあら楽しそう

⊳いちばぎゃらりぃの様子

画像 063
立ち並ぶ古民家と夕飯のいい匂い

画像 067
すっかり日も落ちてしまった。

夜の平野の町はどんなのだろう? 今度は夜も歩いてみようか平家のフィールド(野)を。 

  2011年12月12日 散策



福原京兵庫区平野を歩く12.13工程MAP


🔹裏ワザ! 覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹じゃらん⊳料理、温泉、おもてなしクチコミで選ばれた人気宿ランキング