中曽司町から東へ飛鳥川のすぐ近く地黄町(じおちょう)まで来た。高品質な薬草ジオウが産出されたことからこの名がついた。

宝亀元年/770年石見で死去した柿本人麻呂の遺骸をこの地に葬り、その傍らに建立したと伝える社伝をもつ葛城市新庄町柿本の「柿本神社」より分祀したと伝わる「人麿神社」を訪れた。 

橿原市地黄町(じおちょう)445 人麿神社


 

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和歌の名人36人の総称である「三十六歌仙」の筆頭に上げられる柿本人麿呂。紀貫之をして歌聖(うたのひじり)と言わしめたほどの人にもかかわらずその詳細はわかっていない。⊳柿本人麻呂

旅 074

『日本書紀』や『続日本紀』はもちろん『万葉集』にすら、人麿呂の生没年はおろか、経歴すら記録されていない。

 

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拝殿と精悍な顔つきの狛犬。 

 

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本殿(重要文化財) 


一間社隅木春日造檜皮葺。康永4年/1345年の棟木銘があるという。 



🔹すみつけ祭り

毎年5月、この人麿神社のある地黄町の伝統的な野神祭のお祭の一つでで「すみつけ祭り(すすつけ祭り)」というのがある。

野神祭とは稲作作業の始まる頃に子供(男)組が中心となって野神を祭る行事。 

古くはノガミさん、ノグッツアンと言われていたが、子どもたちが互いにすすつけをおこなう行事が有名になると「すすつけ祭」と言われるように。

 



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この解説版はあまりにもいただけない。人麿呂の情念というものはこんなに軽いものではない。せめてこのように書いてほしいものだ。

人麿は、いとしい妻が死んで葬られることを 「秋山の 黄葉を茂み 迷ひぬる」黄葉が美しく茂ってるから秋山に迷い込んでしまった。現世から黄泉国よみのくにへ通じる山道が秋山のどこかにあって、その山道の遠くにはいとしい妻がいる、その山道を探すが分からない。


紅葉を黄葉と書くところにも黄泉国よみのくにとの兼ね合いを持たせている。とにかく人麿呂の歌は人の心を揺さぶるのだ。

 

     2011年9月6日 参拝


蘇我の町を歩く2011.9.06行程MAP①