🔷百済大寺

日本初の国立寺院「百済大寺」については今まで謎のままだった。

平成10年に、高さ100m級と推定される塔(九重の塔)の壇跡が見つかり、百済大寺は吉備池廃寺で間違いないと発表された。

すべてが解明されれば飛鳥時代の寺院として最大級となる。

⊵百済大寺と吉備池 




⊳おそらく個人のサイトでしょうがわかりやすく興味深く書かれてる

  


🔷吉備池廃寺跡



旅 172

旅 173
池の堤沿いにある比較的最近のものと思われる案内板。

車は北側の土手に停めて、反時計回りに吉備池を回ってみた。

旅 168
北側の土手にある石仏 

旅 169
大津皇子の句碑

堤の北西の隅に、悲運の人「大津皇子」の句碑が立つ。ここ吉備池を歌にもある磐余池という説もある。

 
 百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を
 今日のみ 見てや  雲隠りなむ


大津皇子の句の解説↑



旅 170
西側の土手から東を見る。前の山々は鳥見山で右側に走る山脈は多武峰連山へと繋がるはずだ。 

旅 171
大伯皇女(おおくのひめみこ)の句碑

西側の堤の中央辺り

 
 うつそみの、人にある我れや
 明日よりは 二上山(ふたかみやま)
 弟背(いろせ)と我が見む

大津皇子の姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が、謀反の疑いで処刑された大津皇子の遺体が二上山に移された時に詠んだ歌だ。


大伯皇女の唄の解説↑

池の周囲、南側及び東~北側にかけては、雑草の生い茂るただの池の様相。まさかここが百済大寺の跡とは寂しい限りだ。

吉備池の北側に春日神社がある。何か関連性は無いだろうかと調べてみればこの神社の地が聖徳太子の父用明天皇が宮と定めた「磐余池辺双槻宮(いわれいけべのなみつきのみや) 跡」という有力な説があることがわかった。

⊵磐余池辺双槻宮跡

 

🔷吉備春日神社

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吉備春日神社とある。祭神は春日の神々に加えて「大津皇子」「天武天皇」が加わっている。

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本殿 

旅 177
狛犬はしっかり睨みをきかせている

神社の北側に大きな石碑が立っていて、神武天皇即位前紀、己未年/662年の条に

(そ)れ磐余の地の舊(旧)の名は片居。亦は片立と曰ふ。

我が皇師(みいくさ)の虜(あた)を破るに逮りて、大軍集ひて其の地に満(いは)めり。

因りて改めて號けて磐余とす。 

とここが磐余であると言っている。少々難しい文面だ。

⊵石碑の写真

「片居または片立と曰ふ」とは一方は低地で一方は丘陵か山地のような地勢であるという意味。

磐余とは、現在の桜井市南西部の池之内、橋本、阿部から橿原市の東池尻町を含む同市南東部にかけての古地名である。そしてそのあたりに吉備が見え隠れする。吉備とは岡山 

  2011年7月26日 参拝


第四回 奈良 勝者と敗者の聖地7.26の行程