🔷真如堂 後編

画像 085
総門から入り左、右の細い参道を歩いたあと、再度真ん中を歩き本堂へ


真如堂 前編の記録↑

🔹【裏ワザ】覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた人気宿ランキング
🔹  ネット予約でスーツケースレンタル!自宅に届いてラクラク返却!  

 

画像 041

画像 042
総門から進んでちょうど本堂までの半分の位置、左手に「茶所」があり、その脇にあった芭蕉の弟子、蕉門十哲の一人向井去来の句碑。⊳詳細と境内図

後で調べていて分かったのだが、この「茶所」ただ湯茶を接待するための建物ではなく、建物の中心の仏間に、一光三尊の善光寺如来の御分身がまつられているらしい。

信州善光寺はじめ日本各地で有名な十夜会とは「この世で十日十夜、善い行いをすることは、仏さまのもとで善い行いを千年することにも勝る」という 『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』の教えを実践する法要として有名で発祥は真如堂であると言われている。

画像 075
手水舎はボタンを押すと水が出る仕組み。後ろは三重塔。

画像 044

画像 043
本堂 真正面

本堂正面の宮殿(徳川五代将軍綱吉公と桂昌院の寄進)の中には、ご本尊阿弥陀如来、不動明王(安倍晴明の念持仏)千手観音がまつられている。⊳詳細と境内図

正面「真如堂」の大額は享保11年(1726)宝鏡寺宮からの寄付によるもの。参拝の後、庭園を拝観する。

画像 066

画像 045
本殿の裏側(東側)は見事な紅葉の森。

画像 046

画像 067
本殿の真裏は踊り場のように広く、見事な紅葉の森を一望できる。やや右側(東南)の絵。

画像 047

画像 036
踊り場から階段を少し降りて、境内と同じ高さの回廊が南北にまっすぐ伸びる。

画像 035
書院手前の美しい手水舎 âŠ³è©³ç´°ã¨å¢ƒå†…図 

画像 049

画像 050

画像 064
随縁の庭

2010年に
重森千青氏によって作られたもので、背後にある仏堂(位牌殿)の蟇股に付けられた四つ目の家紋をモチーフにデザインされたもの。

「随縁」とは事象が縁によって様々な現れ方をすることをいう。この庭も、朝夕の光の当たり方、天候や季節などによって、様々な表情を表すという。

画像 051

画像 052

画像 054

画像 053

画像 062
鈴木松年「松の図」

随縁の庭を望む部屋にある8面の襖絵。 

画像 060

画像 055
涅槃の庭

書院の一番奥(東側)は涅槃の庭という比叡山および東山三十六峰を借景とした枯山水、1988年曽根三郎氏によって作庭された。 

画像 061
釈迦が右脇を下にして横たわり、その回りを弟子や生類たちが囲んで嘆き悲しんでいる様子が、石によって表現されているという。

画像 048
紅葉と菊のコラボレーション 

画像 076

画像 078

画像 082

画像 065
本堂の裏手の回廊に回ってみる。

画像 092
本堂の屋根、見事な装飾に家紋が二つあしらわれている。一つは大きく「黒田如水 長政」で有名な「黒田藤巴」そしてその下にさりげなく「源氏車」だろうか?

画像 079
地蔵菩薩を安置している「万霊堂」 

画像 081

画像 080
⊳詳細と境内図
 
画像 083
案内板にもあるが、斉藤利三が眠り、春日局ゆかりの桜がある。なにやら光秀の影がちらちらしそうな場所なのかもしれないな...

家光とは家康の家、光秀の光ともとれるしなぁ...そこんとこは歴史空想のおもしろいところ。

このあとは「会津藩墓地」を通り、黒谷光明寺を抜けて「岡崎神社」「粟田神社」に向かう。 スサノオ伝説の重要なポイントらしい

     2011年12月6日 拝観



4週連続 京都の紅葉⑲12/6日の行程MAP



🔹【裏ワザ】覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた人気宿ランキング