奥の宮からさらに南へ遊歩道が続く。一番端の折り返し地点あたりにごらんのようなシダの生えた山肌があった。このあたりへ行く人は極端に少ない。 

 

旅 202
このようなシダが群生していたのが、奥宮からここまで歩いてくる途中の左手の山の斜面の上部にあたる場所で、約10mほどの長さに渡り生い茂ってい た。 

地味だが一番気にいったと言ってもいいぐらいに見入ってしまった。斜面にはいろんな植物が植えてあり立入禁止となっている。 

旅 203

180度折り返してすぐ右側にある石仏群。

 
旅 204

旅 205
不動明王様でしょうか、ろうそくは火を消して持って帰るようにと書いてある。  


旅 206

続いて、大小の石標に祠とが並んでいるエリアに入るが、ここはけっこう追いやられた感のある場所。

 

SBCA0145
留吉大明神

 

SBCA0146
彈力弁財天 ⊳弁財天とは ⊳彈力とは

 

SBCA0149

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音羽稲荷大明神 音羽は音羽山のことだな 


SBCA0147

稲荷社の祠の横にある「穴亀明神」は不明

 

旅 207
高照弁財天

このエリアの一番端(北側)にある。高照姫命を想像したが、どうだろう。
高照姫命とは


弁財天は、主に水の傍に祀られるので音羽の水を守護する意味なのだろうか?

北側に向かって右側なんだが金網で塞がれているのも違和感がある。

 

SBCA0150
何をおまつりしているのだろうか? 一部を持ち去られたのか不ぞろいな五基。

 

旅 208

旅 210


旅 209

 

旅 211
名所「音羽の滝」 ⊳境内のご案内

清水寺の開創の起源であり、寺名の由来となった瀧、神聖な場所。

⊳霊水パワーは信心次第 清水寺の原点「音羽の瀧」

 

旅 213
 

旅 214
見事な芸術性、清水の舞台の足組みと青もみじ、美しい。

 

旅 215
ちょうど轟門の下にあたるところ、石垣がまるでお城のような規模だ。ちょうどこのあたりに「アルテイ・モレの碑」がある。 

 

旅 216
延命阪

ここを登れば三重塔のあたりに出る

 

旅 217
1970年に京都府知事であった蜷川虎三が詠んだ句「道はただ一つ その道をゆく」

 

旅 218
十一重石塔 


清水寺の幕末秘話  勤王の志士を支えた漢(おとこ)たち。清水寺よだん堂おもしろい。

 

旅 219
十一重石塔前の池と背景に三重塔の先端を見る。このあと再度本堂まで進み、最古の縁結び社 地主神社に参拝する。


🔹地主神社(じしゅじんじゃ)

 

旅 181

地主神社(じしゅじんじゃ)

創建は日本建国以前の神代、現に境内の「恋占いの石」は縄文時代のものと判明している。位置から見れば清水寺の本堂が地主神社の拝殿の位置にあるとも言える。 

⊳古代から信仰の中心 地主神社 
⊳地主神社の由来 

 


清水寺の本堂左手にある神社で、境内へはやや左に曲がりながら石段を登る。江戸時代までは清水寺の鎮守社であった。 

大国主を主祭神とし、縁結びの神さまとして若い女性やカップルに人気のスポット。

 

旅 183
 

旅 184
⊳人形祓い体験レポ① ⊳体験レポ② 

 

旅 185
本殿前にあるこれが縄文時代からの石「恋占いの石」だ。⊳恋占いの石 
 

旅 190
きらびやかな本殿


「縁」の文字の提灯がいい。写真には写っていないが本殿横には「祓戸社」がある。 
 

旅 187
境内の西側の「おかげ明神」

祠の左後ろに少しだけ見えているのがいのり杉(のろい杉)

⊳おかげ明神といのり杉(のろい杉) 

 

旅 186
おかげ明神から北に少し「水かけ地蔵」がある。 


どこもかしこも清潔できれいに掃除手入れがされていて気持ちいい。色も鮮やかな赤が基調で女の人に人気があるのが頷ける。このすぐ右に「撫で大黒」と芸能上達社の「大田大神」がいらっしゃった。

 

旅 188
ちょうど清水寺の本堂を望む位置にある「地主桜」は一本の枝に八重と一重の花が一緒に咲く、珍しいもの。
⊳都をどりで咲いた地主桜

 

旅 189

⊳謡曲「田村」
⊳謡曲「熊野(ゆや)

 

旅 191
栗光稲荷大神(くりみついなり) 

詳細不明だが地主神にあたると思われる。


旅 220
参拝を終えて寺をあとにするとき、仁王門の前の広場で尼さんが托鉢をされていた。僅かだけれどお布施をさせていただいた。 

そのあと後ろに下がっ て写真を撮ろうと構えていたら、彼女は頂いたコインの向きを、ていねいにそろえていた! 背筋も伸ばしたままで。少し感動。 ⊳托鉢とは      

 
清水寺を後に八坂の塔に向かって歩いた



旅 222
百日紅

旅 223
ベゴニア

旅 224
八坂の塔《重要文化財》

高さ49mで東寺、興福寺の五重塔に次ぐ高さをもつ「八坂の塔」は平安京遷都以前から存在した。聖徳太子創建と言われ、度重なる火災にも「源頼 朝」「足利義教」らに、その都度再建されてきた。 

この日はスルーだったが、いま調べてびっくり、階段を二層目まで登ることもでき窓から京の町並みを眺望 できるというのだ。覚えておこう。

 

旅 225

旅 226

 

      2011年8月16日  朝


奈良と京都の送り火 8.16京都 東山歩き 2011.8.16行程MAP