京都北嵯峨の『歴史的風土特別保存地区』を早朝に歩いてみた。地元の人たちの散歩時間の少し前に...
広沢池
大分県の「初沢の池」・奈良県の「猿沢の池」とともに日本三沢の一つといわれる。
灌漑用の溜池として往古より知られていて、 この石橋↑から大小二つの島からなる観音島にわたることができる。


十一面千手観音様 
壹美白弁財天社。壹美白とはなんだろう? 
観音島のすぐとなりにある偏照寺境内跡の案内板 ⊳今の偏照寺

偏照寺山
広沢池の北側にあるピラミッド型の山。広沢池は別名「遍照寺池」と呼ばれ、この山が池に影を落とす景色が美しい。
⊳広沢池の写真たち
🔹興味深い話をひとつ
北嵯峨に君臨していた偏照寺を作ったのが宇多天皇の孫の寛朝僧正というお方。日本で三番目の大僧正までなられた方で、有名な「平将門の乱」の折に、自ら関東に下向し祈祷をしたという。
その時に祈祷した不動明王を本尊として創建されたのが「成田不動」で有名な成田山新勝寺である。
藤原氏の暴走を危惧し、最後まで菅原道真を救おうとされた59代の宇多天皇から数えて400年ほど経って、91代天皇の後宇多天皇陵がこの広沢池の北、偏照寺山のふもとにある。
「後」をつけるというのは尊敬やあこがれもあってのことだろうか。後宇多天皇、歴史動乱の僅か前、天皇家が持明院統と大覚寺統に別れ、そして南北朝に突入する寸前の時期のお方である。
長男が94代後二条天皇、そして次男が後醍醐天皇。この時期に天皇親政が実現した。
南北朝のあたりの天皇家の確執はじっくり読まないとなかなか理解しがたいので、興味がある方はそれぞれの天皇のリンク先を。
参考⊳亀山天皇、後深草天皇
後宇多天皇の親、子、嫁が眠る。
振り返るとそこには数枚が紅葉した青もみじが。
後宇多天皇陵から西へ歩く。北嵯峨山王町あたりの角に石仏群がある。朝の散歩をされる方々が次々と手を合わせていく。
金宝樹 ブラシの木 花槙(はなまき)
花言葉は「恋の炎」「はかない恋」
美しい皐月
2011年5月31日 早朝参拝
青もみじの京都~北嵯峨を歩く 2011.5.31の行程MAP
青もみじの京都~2011.5.30-31の行程MAP
コメント
コメント一覧 (9)
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