橘諸兄 

井手町に行くことは橘諸兄公に逢いに行くと言うに等しい。今や桜と合わせて井手町の観光目玉となっている「山吹」は元はといえば橘諸兄のお手植えが発端だと言われている。

歴史的背景はこちらのコラムがよく分かる

夢の都「瓶原宮(みかのはらのみや)」恭仁京(くにきょう)、今で言えば京都盆地南部(京都府木津川市)はまさに橘諸兄公のお膝元。権力抗争の中、夢は破れることとなるのだが。


 

井手町は恭仁京予定地のすぐ隣、そして時の聖武天皇は何度となく訪れたという。

 

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太陽の光が緑の笹の葉を鮮やかに照らす 

 

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うっそうとしているが明るい空間だった

 

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素朴な町、井手を愛した橘諸兄、きっとおだやかな人だったんだろうと思う。屋敷からは夕刻には見事な夕日が見れたのであろう、そしてなだらかな山裾が長く長く延びる井手の町。

生前に正一位にまで上り詰めた僅か6名のうちの一人でもありる橘諸兄は、この町にひっそりと眠る。

 
聖武天皇が度々訪れたところを「玉井頓宮(たまいとんぐう)」といい、ちょうどその跡に「六角井戸」が残されている。


旅 109
六角井戸(諸兄公の井戸)

石の井桁部分が6角になった井戸で、1953年/昭和28年に受けた水害以前には水が豊富で村の共同井戸として使用されていたというが、今は水は枯れてしまっている。

 

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聖武天皇迎えたときに橘諸兄が詠んだ唄。「葎延ふ 賎しき宿も  大君の 座さむと知らば  玉敷かましを」

意味は「雑草の茂るような家でもいらっしゃると知っていたなら玉を敷いておくのでしたのに」

 

    2011年4月4日 参拝


綴喜郡井手町 2011.4.4の行程MAP