井出町 上井手「左馬ふれあい公園」に数百トンの花崗岩に刻まれた半肉彫りの左り馬がある。 

 

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見事な立体感。しゃがんで見上げる形で見ることが出来る 

 

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このような巨岩(駒岩)の右下にある。 


元来はすぐ岩の左側を流れる玉川の左岸山腹にあった雨吹龍王祠(水分神社)に鎮座していたものであり、雨を願い玉川の水を治めるために絵馬としての駒岩だった。 

で、それはほんの大昔のことで、現在は「女芸上達の神」つまり女性の習い事の一つである裁縫や茶法、生け花、ひいては踊などを志す人の守り 神として、信仰の対象になっている。駒岩はは昭和28年の大雨で山の中腹からころがり落ちてきたという。

       

「左馬ふれあい公園」には案内板が二つあるのだが微妙に内容が違っている。 読み比べてみてほしい 


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では、なぜ左馬(ひだりうま)と呼ばれるのか? ⊳左馬とは


このように象形文字にしてみればわかりやすく、将棋の駒の縁起物「ひだりうま」には合致する。駒岩とよばれるところから、将棋の駒からの引用も考えられる。

では、それがなぜ「女芸上達の神」となったのだろう?

『馬の右半身が彫られたこの岩を見て、当時一般的に右利きの人なら馬の左半身を描くといわれ、『左利き』=『器用』、『うま』⇔『まう(舞う)』などを連想し、江戸時代には女芸上達を願い、『芸事の神様』として信仰をあつめたと...」あるサイトでは表現している。

では、なぜ「女芸上達」、ようするに「女芸」限定なのだろう???

  

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井手町の東側の山すそに広がる広大な竹林。竹の子のために職人さんが土の手入れをされていた。車で行けるには行けるが、デコボコ道がけっこうひどく不安になって、少し手前の老人福祉センターあたりに停めて歩いた。 目的は...

弥勒石仏 

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何か出そうな感じの竹薮、「行くな」と言ってるかのごとく荒れたけものみち 

 

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やっと岩が見えてきた 

 

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右側の像は錫杖を持って連弁の上のお地蔵様、写真左側は像高1.2mの地蔵立像とのこと。もう一つ、さらに左側にも彫られているとのことだが、目視できなかった。 

              

井手町。 行く先々で印象に残るのは「竹」だった。 特に井手町東側の山裾は見事な竹林があり、管理もされている。 次回に紹介する「橘諸兄公旧跡」周辺は特に美しかった。 生前に正一位にまで上り詰めた僅か6名のうちの一人、橘諸兄とはどのような方だったのだろうか...葛城王との記載もあるが、、、

 

     2011年4月4日 参拝

 
綴喜郡井手町 2011.4.4の行程MAP