宮津市役所を拠点にゆっくりと歩いてみることにした。 名所が密集しているから...

🔷カトリック宮津教会
   聖ヨハネ天主堂

 

旅 142

⊳宮津教会サイト






現役の木造聖堂としては日本最古の教会。この建物は明治29年にフランス人神父ルイ・ルラーブによって建てられた。 

石造りの三角屋根に十字架がそびえる聖ヨハネ天主堂は典型的なロマネスク洋式の造りだが、堂内は畳敷きというから驚きだ。

内部は創建時にパリで作られたというステンドグラスが荘厳なムードを漂わせており、ドーム式の天井は当時の船大工が苦労をして造ったものだそうだ。日曜の午前などの礼拝時以外は無料で見学できる。

この日は火曜日にも関わらず10時半からミサが行われるとのこと、15分前だったので快く「どうぞ」と言っていただいた。

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畳敷きにパイプいす。昔は直接座っていたのだろうか。ミサに参加される方が集まられている。美しい

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ステンドガラスの窓は開閉式。しばらく椅子に座っていたがミサ五分前には退出した。

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教会の裏側

美しいなぁ。日本で二番目となると一番目が気になる。調べてみると、長崎かと思っていたが「函館ハリストス正教会」が最古らしい。 



🔷和貴宮神社

歩くこと数分、太古のころより美人の参拝者が多かったと言われる「和貴宮神社」に参る。 

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唐破風様式の神門

この門を入ると鳥居があって拝殿へ。

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涼しげな手水舎 

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神木・狛犬・灯篭

体型は一回り小さいが籠神社の狛犬に似ている。

調べてみるとそれもそのはずだ、丹後一宮 籠神社の別宮と言われている。別宮⇒分け宮⇒和貴宮ということか。(享保3年/1718年建立)

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本殿屋根と新緑

ちょうど和貴宮神社のある町、宮本町は大工町とのこと、町内の大工達が威厳をかけて作っただけあり彫刻等がすばらしい。一説によると舞鶴の大工作とも言われているが・・・。 

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祭神は天照大神


配祀として
伊邪那美命(いざなみのみこと)
豊受毘賣神(とようけひめのかみ)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
天水分神(あめのみくまりのかみ)
天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
海津見命(わたつみのみこと)
猿田彦神(さるたひこのかみ)
国常立尊(くにとこたちのみこと)
伊和大神の御子である阿賀姫神(あがのひめのかみ)

と豪華なメンバーだ。

🔹以下「京都新聞」からの引用。丹波の地名・地理・歴史さんのサイトより

本殿は南北朝時代の建築様式で建てられているが、近畿地方では数少ないタイプという。奥行きが普通の三倍ほど深く、回り廊下を配し、戦乱の時に祈とうをするために、本殿の下に隠し部屋が設けてある。

宮津市史によると、正徳二(一七一二)年に火災のために焼失したが、文化四(一八〇七)年に再建され、 現在に至っている。再建された本殿のケヤキの柱には、職人町の大工が彫ったゾウやブドウ籠(かご)の透かし彫りが施してあり、どこかシルクロード文化の息吹を感じさせる。当時の宮津がいかに繁栄していたかを、うかがわせるものだ。

宮津の地名は、宮のある津(港)という意味を持っている。嶋谷宮司は「和責宮神社が、その宮にあたる」と説明する。

宮津は、海の繁栄とともに栄え、 江戸時代には、北前船の寄港地としてにぎわった。その名残が、航海安全祈願のために船主から寄進された障子二枚分ほどの大きさの本殿の絵馬と、神社を取り 囲む玉垣(石のさく)に刻まれた商人の名前だ。

当時の大阪、越中、遠くは四国の丸亀などの商人が寄進したことを示している。中には、江戸期の豪商「銭屋五兵衛」の名が残る玉垣も現存しており、北前船交易の栄華がしのばれる。

比較的小さな神社ではあるが、静かな雰囲気の境内には、海の町・宮津と日本海の壮大な歴史が随所に見受けられる。

⊳ご朱印には「宮津地名発祥の地」と記されている

 

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拝殿内の絵、左は「弁慶と義経」

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勲宮(不明)、秋葉神社、永代宮(不明) 

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本堂横の「波越岩(水越岩)」

宮津湾から約1kmのこのあたりまでが、かつて海であり、市場としても栄えた「宮津え(江)の嶋」のあとかもしれない。

現に拝殿には「江ノ島和貴宮大神」と書かれた神額が掲げられている。

⊳神額の写真と境内の詳しい写真
⊳和貴宮神社の水越岩

【参考】⊳宮津祭り

SBCA0068
弥智俣宮 

道俣神(ちまたのかみ) 
猿田彦神(さるたひこのかみ)

SBCA0069
弥智俣宮の祠の中

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波越稲荷

籠神社に参拝するために古くより参道であった天橋立を通り、西国より、また東国からも通過する宮津、かつての「宮津え(江)の嶋」

ここに女性の参拝者が多かったわけがあるにちがいない。 

何か色めいたものか? 美に対するものなのか?縁結びなのか?とにかく和貴宮神社あたりに市場もあったということから、賑やかな場所でもあったのだろう。

丹後のキーポイントの一つだ。最後に一つ、町中の随所にみられる宮津の方言紹介板に「芸者の花代」について興味深いことが書かれていたので紹介しておく。

SBCA0070
祇園よりも高い花代とあるなぁ

  2011年5月17日 参拝


久美浜と宮津へ 2011.5.17の宮津市内徒歩の行程MAP


久美浜と宮津へ 2011.5.17の行程MAP