劇的な日の出の余韻のまま、朝の参拝にここ数ヶ月、元伊勢めぐりでなじみの豊受大神が祀られている神社を選ぶ。


🔷原神社/えはら





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西舞鶴の民家と民家の間に原神社はある

地元では神明さんと呼ばれ、もともとは後ろの山に祭神が祀られていたという。

山の名前は愛宕山<呼び名は多く天香山・藤岡・矢原山・西山・舞鶴山などとも呼ばれることがある>

鳥居にある扁額には 総社笶原魚居匏宮 /そうじゃえばらまないよさのみや と記されている。

そしてそれは清和天皇の書と言われており、笑原神社が魚居社/まないのやしろ と呼ばれていたとされる根拠のひとつでもあり、またそれは元伊勢を主張する証でもある。

元伊勢のドラマは前回の竹野神社でひと段落かと思いきや、この記事を書きつつ、この事実が判明したありさま。簡単な下調べで旅をはじめるがゆえ、このようにあとで驚くことになる。

竹野神社の記録

現在の笑原神社 の規模からすると、想像できないようなロマンが眠っていると主張する方もいる。


🔹本殿

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本殿を覆い隠す頑強な覆い屋

この笑原神社のある紺屋町とは、元来染物屋が軒を並べる門前町だったという。

同町には桔梗屋の屋号を持つ染物屋があったと記録に残っている。そこには明智光秀もたびたび訪れたという。

紺屋町は愛宕山、笶原神社をなりわいとした、にぎわいのある門前町だったと想像することができる。

舞鶴にはまた、細川幽斎という偉大な文化人もいたことも合わせて考えてみれば、なおさらであろう。

この紺屋町には、言い換えれば愛宕山の麓には、笶原神社をはじめ、神社や寺院が軒を並べていのがうなずける。

もう一度、笑原神社周辺から舞鶴の旅を計画してみようと思った。その前にもう一つの驚きを記しておこう

笑原神社から南に200mも行かないうちに、同じ愛宕山のふもとに立派な山寺ある。山号を聞いてびっくり天香山 桂林寺あまのかぐやまだって~、どうなってるんだろ舞鶴 


🔷天香山 桂林寺


 

🔹総門  

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何か武士の館みたいだ

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🔹仁王門

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総門を入ってすぐ二層の仁王門(入母屋造)1712年建立

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龍に像、見事な彫り


🔹鐘楼堂

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龍宮門とも言われる形式。二階の中には細川家から寄贈された室町時代の梵鐘 /ばんしょう があるとのことだが、非公開のようだ。


🔹本堂

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苔むした灯篭、彫り物の形が新井崎神社のものと似ているなぁ

新井崎神社の記録


思いも寄らない展開に驚くと共に思うことは歴史深きところに足を運ぶ楽しさと、心地よい緊張感。

そして遺物やそれらと自然との調和、その土地にある美味なるものに感動する

人々の表情、町の色...じっとしていてはほんとうにもったいない

年に一度の催しとするならば、人生たった80回の旅で終りとなる。兼好法師も繰り返し言う人生はあまりにも短いのだ

 2010年10月19日 早朝参拝



この日の行程MAP