多久神社を出て国道482号を北上、間人(たいざ)を目指す。今回の丹後半島一周はこの間人から時計周りに宮津までの行程を取ることにした。

 

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途中、進行方向左手に一面に広がる、感動的な蕎麦の花畑。

明日の早朝に参拝予定の「竹野神社」を確認し、その向かいの「丹後古代の里資料館」に入る。やはり丹後王国はあったと私は思う。資料館では勾玉(まがたま)などの装飾品が特に印象的だった。今回は古墳には寄らなかったが、京丹後市北部は古墳が非情に多いところのようだ。

 

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竹野の少し東、丹後町筆石あたり。国道178号から日本海に向って入ってみた。この道はまるで海に向って飛び立つ滑走路のよう。

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間人にある「間人皇后 聖徳太子像」はちょうど竹野川の河口にある。

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ややうつむき加減に海を見つめる姿はどことなく哀愁を感じるが、目を惹くインパクトのある大きさだ。すぐそばに名勝「立岩」がある。  

 

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立岩


丹後町には多くの伝説・伝承が息づいている。ここ「間人」にも聖徳太子の生母であり、第31代用明天皇のお后である間人皇后の伝承が残っている。

またこの立岩にも伝説が秘められている。用明天皇の第三皇子麿子親王が鰾古・軽足・土車という3匹の鬼を退治された時、二匹は殺し土車だけはみせしめのため、この大岩に封じ込めたと伝わっている。

今でも風の強い、波の高い夜などは、鬼の号泣する声が聞こえるといわれている。柱状玄武岩のそそり立っているところから立岩とも呼ばれ、日本でも数少ない、自然岩の一つです。《説明板より引用》

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この日も風が強く、並が高かった。この写真は竹野川が海に流れ込む場所から撮影した。ちょうど立岩の真ん中あたり。

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竹野川河口、立岩東側の表情。とにかく水がきれい。砂地の上を歩いて立岩まで行けるのだろうけれど、この日のこの時間はもう海水で道は閉ざされていた。 

間人(たいざ)の由来

間人(はしうど)皇后が、大和政権の蘇我氏と物部氏との争乱を避けるために身を寄せた地と伝えられている。この地を去る際、皇后は自らの名をこの地に贈ったが、住民たちは「恐れ多くて呼び捨てにするなど。」と、皇后が退座(たいざ)した事にちなんで「たいざ」という呼び方にしたとされる。


海を見て旅気分にどっぷりと浸ってしまった、このあとは絶景の露天風呂でのんびりと、そして夜の宴ということに...

 

      2010年10月4日 間人

 
10月の京都 丹後半島を一周する 2010.10.04-05 初日の行程MAP