漣瑞寺から北へ1ブロック

そこを西に上がる、ここが松の馬場通り

京阪石山坂本線「松の馬場駅」から琵琶湖に向って降りてくる通りのこと

かつては坂本と下坂本を繋ぐ大通りだった

そして松の馬場通りと旧西近江路とが交わる交差点が「両社の辻」

辻の西側に、関所のように二つの神社が向かい合うところがある

北側にあるのが 『酒井神社』 南が『両社神社』

 

酒井神社①

 酒の精を奉る酒井神社 ≫酒井神社のサイト

 

酒井神社②

あの松尾大社と同じ神様だ ≫大山咋命とは

 

酒井神社③

酒井神社に伝わる神事「まいどこ祭り」「おこぼ神事」などの祭事の際、舞台ともなる舞殿ごしに本殿を見る。 ≫まいどこ祭りについて ≫おこぼ神事について

 

酒井神社⑤

 

酒井神社④

 
酒井神社⑥

鋭利な角の鬼瓦

 

酒井神社⑦

口に玉を持ち、足で玉を踏む、そして歯並びがいい狛犬。

 

               *

 

道を挟んで南側が 『両社神社』

いきなり目についたのがこの写真 

両社神社①

龍でも鷹でも狛犬でもなく「うさぎ」  

 

両社神社②

鳥居の形態も「酒井神社」と同じだが、こちらには狛犬がいる。 

 

両社神社③

 

両社神社④

こちらも舞殿があり本殿 

 

両社神社⑤

 御祭神はイザナギノミコト・イザナミノミコトの二柱

 

両社神社⑦

 

両社神社⑥

本殿の中にいる独眼流の狛犬。 

 

両社神社⑦

ウサギの石像を籠に入れている ???

              *

なぜ、うさぎ?ということも気になるが、両社神社創建は高穴穂神社(禅納さん)の祭神、景行天皇を 酒井神社の境内に勧請したことにはじまるという。 高穴穂神社といえば幻の大津の宮「志賀高穴穂宮」跡とされているところだ。 景行天皇は実在が危ぶまれ ている天皇だが一説によれば、都は纒向日代宮(まきむくのひしろのみや、現在の奈良県桜井市穴師か)。晩年の景行天皇58年(128年)に、近江国に行 幸、志賀高穴穂宮(しがのたかあなほのみや、現在の滋賀県大津市穴太)に3年間滞在した後、同60年(130年)崩御。

そしてまた、桜井と大津坂本のどちらにも「穴」の字がつく。 大津の坂本の「穴太(あのう)」は比叡山の土木と修繕作業などを行っていた「穴太衆」という石工集団の住んでいた地、彼等の技術の特徴は加工を施さない自然のままの石の面を使い、自然の美しさを残すところだという。

 

                 平成22年11月16日 参拝