てんかさま

ネーミングに何か惹かれるものがあって、ついつい案内板を追いかけて山際へと車を乗り入れてしまった。軽四でやっとなので、普通車では、すぐ前までは行くことは厳しいと思うから気をつけて。 

 

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悲運な人生を送った藤原定家の姪である越部禅尼のお墓ということだ。

藤原定家と同じく、その父の藤原俊成も和歌の世界では名を馳せ、定家とともに、新古今時代の優れた六つの私家集「六家集」に名を並べている。

「六家集」とは西行の山家集、九条良経の秋篠月清集、藤原家隆の壬二集、慈円の拾玉集、そして藤原俊成の長秋詠藻とそうそうたるメンバーだ。

 

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橘のにおう あたりの うたた寝は 夢もむかしの 袖の香ぞする 越部禅尼


意訳・・橘の花の香りがあるあたりでうたた寝をすると、夢の中でも昔の恋人が出てきて彼の袖の香りがしました。(この頃の男性は橘の葉を袖に忍ばせていた)  


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馬立古墳群 ⊳古墳マップ参照

 

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古墳群、山神社もここから上がる。左手にはお墓、この道標のすぐ前まで軽四なら行ける。

 
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山神社

正月らしく門松が、拝殿の先が本殿。 


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馬立古墳群1号墳(姥塚古墳)


なぜかこの墳墓だけに「姥塚古墳」と名前がつけられている。東日本随一といわれる山梨の古墳も「姥塚古墳」という。写真を見たらよく似てはいるが...

 
山梨の姥塚の言われは、伝説に依れば、この塚は昔谷間の百合姫という大力の山姥が、大男と競争して一晩のうちに築いたので姥塚と。

また聖徳太子が甲斐に入ったとき、この地で愛馬が倒れたのでここに葬り、そのため御場塚と呼ばれたともいうらしい。↑のリンク先参照


🔹関連記事
兵庫県たつの市で,滋賀里の百穴古墳で見たものと同形式の古墳を見る機会があったと取り上げておられます。

たつの市役所でもらった観光ガイドブックにある「栗栖池」に行くことにした。

馬立古墳群や「てんかさま」のある新宮の地に流れ添うのが、蛍鑑賞でも有名な「栗栖川」その上流にあたる場所。 

 

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栗栖池

池というよりダム。水位が下がっていたが天が映る様はやはり水の美しさだな。開放的な場所だが熊に注意かもしれない。

 

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ここまでの道のりは、おだやかな群落を抜けて、山林の中を走り、山の自然道を登る。車で行けるがご注意ください。 


余談だが、↑の案内板にも書いてあるが、この奥には廃村「神保」という場所もある。⊳廃村神保についてのブログです。

廃村かぁ、確実に人が住んでいた村、最後の一人、いや数人だろうが、村を出るときの気持ちはどうだったのだろうか? 行かれた方の写真を見ていたら、生々しくて少し怖い感じがしたなぁ。 

 

     2011年1月5日 参拝と散策


続たつの市をゆく 2011.1.5の行程MAP