たつの市に眠る野見宿祢(のみのすくね)菅原道真の祖先でもある。

垂仁天皇の命により、當麻の地の豪腕「當麻蹶速(たいまのけはや)」と相撲をとり、勝利し當麻の地、二上山の支配権を當麻氏から奪い取った。この話が野見宿祢が「相撲の神」と云われるようになった由来である。 

また、垂仁天皇の皇后が亡くなられた折、殉死制度を廃止し埴輪(はにわ)の制度を考案。天皇は大変喜ばれ「土師氏」の姓を与え、このことが後々天皇家の葬儀一切を取り仕切るきっかけになる。 


たつの市にて野見宿祢が亡くなったとき、出雲から来たたくさんの人が野に立ち、バケツリレーにて墓を造った光景から「たつの」という名前が生まれたという。⊳古墳と土師氏

二度も訪れたあとなのに、すべて今調べて知りえたこと、驚いた。あまりにも知らなさ過ぎるというのもあるが、當麻、たつの市、二上山、出雲、羽曳野、道明寺..私が最近歩いた場所が、すべて繋がっている。そしてもっと広く見ると、籠神社の海部氏の系図を見ても頻繁に但馬と當麻あるいは葛城との深い関係が類推される。偶然と呼ぶか、確立の故にと考えるか。 

 

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新舞子浜の朝、やはり瀬戸内海は穏やかだ


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250号線を西へ、目に留まった「招き狛犬」に思わずブレーキ、春日神社だ。 

 

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吽形どのは邪気踏み付け

 

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藤原氏(中臣氏)の守護神である武甕槌命(タケミカズチ・鹿島神宮)と経津主命(ふつぬしのかみ・香取神宮)、先祖神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)比売神(ひめがみ)を祀る。四神をもって春日神と総称される。珍しい鹿と犬の石像が目を引いた。

 

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石灯篭はやはり「春日型」と呼ばれている代表的なもの。

             

灯篭について調べてみた。

Q 灯篭の歴史と日本最古のものは?

灯篭の始まりは石の文化の国、お隣の韓国から伝わり、神社仏閣を奉る「燈明」として使われ始めました。ご先祖や神仏を奉る為にと社寺に奉納された石灯篭は「荘厳な美しさ」と「気品のある端整な形」に人々が心を惹かれ、一般の庭園や茶庭にも置かれるようになりました。

昼間は添景物として、夜は明かりを燈す道具として日本各地に広まり、色々な形状の灯篭が社寺、庭園、個人宅にて、先代から引き継がれて大事にされています。御影石で作られた石灯篭は耐久性にすぐれ、外部に放置して700年位では形は何も変わらないのです。日本最古の当麻寺の石灯篭は1200年を越えて、今尚現存している。(「石にしませんか」より引用)

当麻寺かぁ 

Q  叡福寺丹波の常勝寺などのように本堂の真ん前に灯篭があることについて?

参道の両側に燈籠があるよりも、重要なお堂の前に燈籠がある方が、燈籠本来の使われ方のようだ。『石燈籠新入門』で京田良志氏は、なぜ塔が仏殿の前に建てられたかといいますと、仏に燈明を献ずるためです。仏に燈明を献ずること、つまり献燈は、最初インドにありました。  

・・略・・  

仏に献燈する ことの功徳は、多くの経典類にくりかえし説かれており、「施燈功徳経」という経典があるほどです。  

・・略・・  

したがって、専用の施設が伽藍の一つ として造られたとしても不思議ではありませんという。(「わすれへんうちに」より引用)

  

     2010平成12月21日 参拝


たつの市をゆく 2010.12.21の行程MAP