現存の社殿は永禄2年に尼子晴久によって再建されたときのもので、入母屋造妻入の他地方には例を見ない「中山造」と呼ばれる構造となっており、大正3年/1914年に国の重要文化財に指 定されている。⊳中山造とは

美作一ノ宮 中山神社  猿神社



古事記、日本書紀はおろか、どこの風土記にも出てこない謎の神様、鏡作神(鏡作部の祖神石凝姥神の神業を称えた御名)を主祭神とし、相殿に天糠戸神(あめのぬかどのかみ/石凝姥神の父神、別名天火明命)石凝姥神(いしこりどめのかみ)を祀る。 


また、中山神社は猿神で、神社の奥の長良嶽の磐座に猿神社が鎮座します。これには今昔物語が伝える猿神伝説があり、これは毎年美しい娘を生け贄に要求する老猿を猟師が退治する話です。


今昔物語集 第26巻7話の猿神伝説について↑

 

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参道を鳥居に近づくとこの奇木が迎えてくれる。

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小さいが大国主命

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中山鳥居 ⊳中山鳥居とは


「中山鳥居」と呼ばれる独特の構造である。和銅6年/713年、美作国が備前国から分立した時に吉備中山から勧請を受けて創建されたものとみられる。

 

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鳥居をくぐってすぐ右手に牛の像が。牛といえば道真公を思い浮かべるが...どうも牛馬市がひらかれていたことに由来するようだ。

 

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手水舎

 

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狛猿阿形

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狛猿吽形

 

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四脚神門 


元は津山城二の丸にあったもの。橋の下を流れる川は「御手洗(みたらし)川」、下鴨神社の境内を流れる川と同じ名前だなと思ったが、本来は神社の近くを流れていて、参拝人がをすすぎ手を洗い清める川の総称のようだ

 

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拝殿も囲われている

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本殿 

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本殿右側

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拝殿から社務所側に渡り廊下がある。 

 

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新馬舎
 

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中には神馬といっしょに牛様が 

 

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本殿に向かって左側から奥に猿神社への参道がある。 

 

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すぐ近くに川が流れているのか、マイナスイオンたっぷりの空間だった。

 

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お猿さんたちの真上の祠が本殿なのかな




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御崎社(みさき社/おんさき社)

猿神社から戻り、本殿を左手に見ながら、右に石段があり祠が見える。中山の神の祖神を祀る。中山の神の側にあって供をするという義で、一般には稲荷神として信仰されている。 

 

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文字のところにツタがはっていて読みづらいが、これはこれでいい味わいだな。  


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国司社(くにししゃ) 地主神として大国主命を祀る。

 

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総神殿(そうしんでん)

山上山下120社を合祀。1742年再建。御手洗川手前にあったものを大正二年この場所に移築。幸宮・宇都宮・小原神社をも合祀。なんと  

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味わいのある祠だ。

 

    2011年3月22日 早朝参拝


勝間田と津山市 2011.3.21-22の行程MAP