IMG_0352
精悍な大国主命の伝説は多い。悪い印象を与える話には今のところ出会った記憶がない、何かしら親しみを強く感じる。




IMG_0367
祓社で心身を清めたあと素鵞川(すががわ/そががわ)に架かる祓橋を越えて、三の鳥居「松の参道の鳥居」をくぐる。

かつてこの松の参道の真ん中は殿様と皇族のみが通ることを許された。 

大社の東側にも吉野川が流れている。川掘りが守る敷地と言える。

参考までに奈良の曽我川と吉野川の間にある地域が飛鳥なのである。

IMG_0355
進行方向右手に大きな柱がある。これは平成の大遷宮の奉祝事業として行われた、古代の高層神殿を支えた柱を再現したもの。

IMG_0356
御柱御用の後ろに見えた鳥居と灯篭、正体は調べつかず

IMG_0353
右手に「ムスビの御神像」

大国主大神が日本海の荒波の向こうから現れた幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)を授かり、”ムスビの大神縁結びの神”になられたシーンを再現してる。1961年京都の厳分祀の寄進


出雲大社与謝分祀

IMG_0354
左手には「御慈愛の御神像」

因幡の白兎の話を再現している。背負われた袋には私たちの苦難・悩みが入っていて身代わりに背負っておられるという。 

大神さまは幾度も試練・難事にあわれ死の渕に沈まれましたが、その都度に甦りをされ「復活の神」「よみがえりの神」「いのちを結ぶ神」とも言われている。

IMG_0304
銅鳥居から拝殿を望む

手水舎は左手にある。元は毛利輝元が1580年に寄進したものだが、損傷のため輝元の孫にあたる毛利綱広(長州藩主)により1667年に再建されたもので、銅の鳥居としては日本最古である。

IMG_0305
左手奥の真新しいのが仮拝殿。

IMG_0308
大きな注連縄と神紋(二重亀甲に剣花角)

IMG_0309
拝殿の後ろ1667年建立の八足門(やつあしもん)と右奥は観祭桜と東回廊。 

観祭桜とはむかし瑞垣の外で執り行なわれる舞楽や相撲等、国造が神として観るための施設である。ここから中は特別拝観日以外は入れない。



IMG_0311
八足門(やつあしもん)の見事な彫刻。 

IMG_0312
観祭桜と立て札は天皇陛下はじめ宮家などからお金を賜ったという証

IMG_0313
垣内から流れ出る水の手水舎

IMG_0317
観祭桜の下には菰樽(こもだる)がずらーっと


🔹ここから本殿の周囲をを反時計回りで歩く

IMG_0315

IMG_0314

IMG_0319
本来なら天穂日命は本殿西側にいらっしゃるのだが、表示にあるとおり大遷宮修復の間ここ東十九社にお泊りになられている。ご滞在中は扉が開け放たれている。



IMG_0320
釜の社に素鵞社御仮殿とある

IMG_0321

IMG_0322
素鵞鳴命は本来、本殿の真裏にいらっしゃるのだが、修復の間、息子の社にお泊り。 

IMG_0323
瑞垣越しの本殿と御向社と手前社。

IMG_0327
東北の瑞垣の門から

IMG_0328
修復に入る素鵞社(そがのやしろ)

拝殿からはるか北の八雲山への直線上、境内の一番北に位置する社。



IMG_0330
瑞垣の真裏から本殿屋根を

IMG_0335

IMG_0342
宝庫

IMG_0343
ちょうど本殿真横に来たときにこのような立て札が。こちらが実は真正面。

IMG_0344
本殿に向かい、八足門から参拝し帰られると、大国主命さまの真正面に手を合わせていないことになる。 

愛知の鹿島神社もそうだと聞く。神に正面から近づかないという思考とか、10月に神々が大社の西側の伊佐の浜からやってくるのを迎えるためなのか...興味深いところだ。



IMG_0346

IMG_0345
これで瑞垣沿いに一周した、出雲大社のさまざまな資料と復元模型を見るためにこのあと「神こ殿」「彰古館」に行ってみる。

     2013年12月16日 参拝

出雲大社2013.12.16-17行程MAP


🔹【裏ワザ】覚えやすいメールアドレスでEメール上級者の仲間入り! 
🔹【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた人気宿ランキング