京都府の南端、奈良県境に近い当尾/とうのの里、多くの石仏や石塔があることで有名な場所にあじさいを観にでかけた。関西花の寺 第十五番 岩船寺。
🔷岩船寺
真言律宗、本尊は阿弥陀如来。開山は行基、そして空海とその甥であり弟子でもあった智泉ゆかりの寺。

駐車場のそばにある観光案内所は稼働していないが、参拝者のほとんどがこの掲示物をじっくり見ている。よく見たら肝心なものはすべて揃っている。
郵便のプレートにぶら下がる謎のコーラの缶???

ウォーキングとして岩船寺を拠点に、浄瑠璃寺と当尾の石仏群をめぐるコースがいいな。この日は紫陽花を楽しんだあとコースの半分だけ歩いてみた。

無人観光案内所の前に休憩所「静」も閉まっていた。「草餅」そして「よもぎについて」の張り紙が...食べたかったよ

さぁ、前に

無造作に鎌倉時代の石風呂がある


右手灯篭の先に春日神社、白山神社 重要文化財と刻んである。ここは最後に参拝することにした



ドクダミと白山神社案内板





木漏れ日と黄色と紫の花がいい





🔹山門

▼山門で数人のカメラ↑が狙っていた絵↓

山門に関西花の寺 第十五番とある

山門を潜ればまっすぐに、その先に三重塔が見える
🔹庫裡



庫裡の真向かい、五輪塔のエリア

🔹石室不動明王

花崗岩製の石室/重要文化財
奥壁には不動明王立像を薄肉彫りし、手前左右に2本の角柱を立て、寄棟屋根を支える。応長2年/1312年の銘がある



🔹厄除け地蔵菩薩/おねがい地蔵

鎌倉時代末期


🔹五輪塔/重要文化財

鎌倉時代末期
寺伝では東大寺別当平智僧都の墓と伝えている。
以前は岩船村落の北谷墓地にあったが、昭和十二年/1937年頃に当地へ移された。
地輪/じりん下には返花座/かえりばなざがあるが、これは大和式と呼ばれる五輪塔の様式で、ここ南山城から大和地方にかけての特徴であり、この五輪石塔はその代表的なものである。
<岩船寺HPより>
🔹本堂

1988年 昭和63年再建。
平安時代の重量感に満ちた3m近いいわゆる「丈六」の阿弥陀如来坐像が安置されている。
▼文化財・寺宝を参照

▼↑の男性が狙っているのがこの花手水↓






ちょうど彼女たちの所から紫陽花に囲まれた三重塔がよく見える



🔹十三重石塔/重要文化財


花崗岩で造られた十三重石塔。正和三年/1314年妙空僧正の建立と伝える
▼文化財・寺宝を参照
🔹阿字池

十三重石塔の前から阿字池を


左を向けば三重塔

右手は本堂



振り返って本堂
🔹身代り地蔵



🔹開山堂

賽銭箱も小さくて実に質素なたたずまいだ、蛙の置物の横、木の札に「無事かえる、福かえる」とある。開山堂ということなのでおそらく行基のお堂。


開山堂に寄り添うかのように立ち並ぶお墓、おそらく歴代の住職のものかな

🔹三重塔

三間三重塔婆の本瓦葺、高さは約18mで本堂南側山手の境内阿字池の奥まった高台に東を正面として建つ。
寺伝によると智泉大徳入滅のあと十年が過ぎて、承和年間(834~847年)に仁明天皇が智泉の遺徳を偲んで宝塔を建立したと伝わる。
しかし、昭和十八年/1943年の解体修理の際に丸桁に刻まれている「嘉吉二年/1442年五月廿日」の銘文が発見され、寺伝でも承久三年/1221年の承久の乱で兵火を被ったとの記録があることから、現存する塔は室町時代の建立とも考えられている。<岩船寺HPより>


境内を見下ろせるところへ上がる

そしてこの高台に鳥居があった
🔹歓喜天堂



🔹貝吹岩

歓喜天堂の横にさらに上へと誘導する道しるべを発見




木が育ちすぎちゃって/笑

報恩の鐘と呼ばれている
三重塔の裏手、鐘楼付近から見た









三重塔に背を向けて

左手、紫陽花の垣根越しに本堂が見える

阿字池とあじさい


後髪引かれ、何度も振り返ってしまう

こじんまりとした境内にあって、どの場所からでも絵になるすばらしさには終始興奮が冷めないままだった。
一方公式ホームページも充実した内容で、その中でも文化財・寺宝のページは秘仏の写真もあって実にすばらしい。
紫陽花をこよなく愛した、石原裕次郎の命日 あじさい忌 7/17が近い
2023年6月19日 紫陽花
🔷岩船寺
真言律宗、本尊は阿弥陀如来。開山は行基、そして空海とその甥であり弟子でもあった智泉ゆかりの寺。

駐車場のそばにある観光案内所は稼働していないが、参拝者のほとんどがこの掲示物をじっくり見ている。よく見たら肝心なものはすべて揃っている。
郵便のプレートにぶら下がる謎のコーラの缶???

ウォーキングとして岩船寺を拠点に、浄瑠璃寺と当尾の石仏群をめぐるコースがいいな。この日は紫陽花を楽しんだあとコースの半分だけ歩いてみた。

無人観光案内所の前に休憩所「静」も閉まっていた。「草餅」そして「よもぎについて」の張り紙が...食べたかったよ

さぁ、前に

無造作に鎌倉時代の石風呂がある


右手灯篭の先に春日神社、白山神社 重要文化財と刻んである。ここは最後に参拝することにした



ドクダミと白山神社案内板





木漏れ日と黄色と紫の花がいい





🔹山門

▼山門で数人のカメラ↑が狙っていた絵↓

山門に関西花の寺 第十五番とある

山門を潜ればまっすぐに、その先に三重塔が見える
🔹庫裡



庫裡の真向かい、五輪塔のエリア

🔹石室不動明王

花崗岩製の石室/重要文化財
奥壁には不動明王立像を薄肉彫りし、手前左右に2本の角柱を立て、寄棟屋根を支える。応長2年/1312年の銘がある



🔹厄除け地蔵菩薩/おねがい地蔵

鎌倉時代末期


🔹五輪塔/重要文化財

鎌倉時代末期
寺伝では東大寺別当平智僧都の墓と伝えている。
以前は岩船村落の北谷墓地にあったが、昭和十二年/1937年頃に当地へ移された。
地輪/じりん下には返花座/かえりばなざがあるが、これは大和式と呼ばれる五輪塔の様式で、ここ南山城から大和地方にかけての特徴であり、この五輪石塔はその代表的なものである。
<岩船寺HPより>
🔹本堂

1988年 昭和63年再建。
平安時代の重量感に満ちた3m近いいわゆる「丈六」の阿弥陀如来坐像が安置されている。
▼文化財・寺宝を参照

▼↑の男性が狙っているのがこの花手水↓






ちょうど彼女たちの所から紫陽花に囲まれた三重塔がよく見える



🔹十三重石塔/重要文化財


花崗岩で造られた十三重石塔。正和三年/1314年妙空僧正の建立と伝える
▼文化財・寺宝を参照
🔹阿字池

十三重石塔の前から阿字池を


左を向けば三重塔

右手は本堂



振り返って本堂
🔹身代り地蔵



🔹開山堂

賽銭箱も小さくて実に質素なたたずまいだ、蛙の置物の横、木の札に「無事かえる、福かえる」とある。開山堂ということなのでおそらく行基のお堂。


開山堂に寄り添うかのように立ち並ぶお墓、おそらく歴代の住職のものかな

🔹三重塔

三間三重塔婆の本瓦葺、高さは約18mで本堂南側山手の境内阿字池の奥まった高台に東を正面として建つ。
寺伝によると智泉大徳入滅のあと十年が過ぎて、承和年間(834~847年)に仁明天皇が智泉の遺徳を偲んで宝塔を建立したと伝わる。
しかし、昭和十八年/1943年の解体修理の際に丸桁に刻まれている「嘉吉二年/1442年五月廿日」の銘文が発見され、寺伝でも承久三年/1221年の承久の乱で兵火を被ったとの記録があることから、現存する塔は室町時代の建立とも考えられている。<岩船寺HPより>


境内を見下ろせるところへ上がる

そしてこの高台に鳥居があった
🔹歓喜天堂



🔹貝吹岩

歓喜天堂の横にさらに上へと誘導する道しるべを発見




木が育ちすぎちゃって/笑

報恩の鐘と呼ばれている
三重塔の裏手、鐘楼付近から見た





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三重塔に背を向けて

左手、紫陽花の垣根越しに本堂が見える

阿字池とあじさい


後髪引かれ、何度も振り返ってしまう

こじんまりとした境内にあって、どの場所からでも絵になるすばらしさには終始興奮が冷めないままだった。
一方公式ホームページも充実した内容で、その中でも文化財・寺宝のページは秘仏の写真もあって実にすばらしい。
紫陽花をこよなく愛した、石原裕次郎の命日 あじさい忌 7/17が近い
2023年6月19日 紫陽花
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