国道2号線沿いの須磨浦通6丁目当たりのコインパーキングに停めて西へ、この日は一ノ谷をたっぷりと歩いてみた。歩く目線は旅の醍醐味、路地の一輪の花も見逃さない
🔷 安徳帝内裏跡
海沿いにある須磨浦公園に入り、すぐに表れる山手の小さなトンネルを抜ける。急な斜面を登り住宅街を抜けて安徳帝内裏跡を目指す。

須磨浦公園にある案内板にも表示されているが、この手書きの案内板に強烈な説得力を感じた。

急な階段を上りきると住宅街に入る。キバナコスモスが咲いていた
記録時、今知ったことだが、このあたりはかつて異人山と呼ばれていたそうで随所に名残を漂わせていると聞く
▼かつての一ノ谷町2のことを書いた記事

石標には安徳宮、真理胡弁財天とある

赤鳥居は稲荷神社のものだろう

🔷宗清稲荷・安徳宮とモルガン灯篭


🔹安徳宮

祭神
安徳天皇

🔹宗清稲荷

安徳宮の鬼門をがっちりと守る
🔹真理胡弁財天

祭神
真理胡弁財天<龍神>

🔹皇女和宮様之像


なぜ、一の谷の山中にあったのかは未だに謎
🔷 安徳帝内裏跡
海沿いにある須磨浦公園に入り、すぐに表れる山手の小さなトンネルを抜ける。急な斜面を登り住宅街を抜けて安徳帝内裏跡を目指す。

須磨浦公園にある案内板にも表示されているが、この手書きの案内板に強烈な説得力を感じた。

急な階段を上りきると住宅街に入る。キバナコスモスが咲いていた
記録時、今知ったことだが、このあたりはかつて異人山と呼ばれていたそうで随所に名残を漂わせていると聞く
▼かつての一ノ谷町2のことを書いた記事

石標には安徳宮、真理胡弁財天とある

赤鳥居は稲荷神社のものだろう

🔷宗清稲荷・安徳宮とモルガン灯篭


🔹安徳宮

祭神
安徳天皇

🔹宗清稲荷

安徳宮の鬼門をがっちりと守る
🔹真理胡弁財天

祭神
真理胡弁財天<龍神>

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🔹皇女和宮様之像


この場所から300mほど入った山中で皇女和宮様之像見つけられ、平成12年12月の場所へと移された。
なぜ、一の谷の山中にあったのかは未だに謎
解説板にもあるが昭和9年に、神戸高校、夢野台高校、須磨高校に和宮像が寄付されたが、この像は戦争中の金属供出から免れるために誰かが山中へ隠したのではないか、とも言われているようだ。
皇女和宮は療養先の箱根にて31歳の人生を終える。和宮の「家茂の側に葬って欲しい」との遺言を尊重する形で葬儀は仏式で行われ、墓所は家茂と同じ東京都港区の増上寺である。
皇女和宮は療養先の箱根にて31歳の人生を終える。和宮の「家茂の側に葬って欲しい」との遺言を尊重する形で葬儀は仏式で行われ、墓所は家茂と同じ東京都港区の増上寺である。
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