数年前にも時すでに遅しと落胆したが、二度目のこの日もすでに落葉してしまっていた。気分を変えての散策は、苔むした全山の様子と最深部の山際の石仏たちをしっかりと記録した。
🔷高源寺

太陽を枝で抑えての一枚、地蔵と紅葉が道を示してくれる。


駐車場に停めて300円を払い入山


🔹惣門



御高札場

南無阿弥陀仏の碑

信長による丹波攻めで焼け落ちたが、弘巌玄猊が柏原藩の支援により再建。丹丘勝処 /たんきゅうしょうしょ は弘巌玄猊の筆
丹丘勝処とは丹 /あかい 丘の勝る所、すなわち「紅葉の勝る所」という意味



ここは本来絶景の紅葉参道
⊳悔しいが最高の写真へのリンク、来年こそ

詳細不明の句碑

野村泊月
「涼しとも いさぎよしとも 額の花」

参道脇も気を抜けない存在感

山門/三門へ

🔹松尾芭蕉 句碑




紫鳳楼とも呼ばれる。寛政2年/1790年頃、弘巌玄猊による再建。


白い塀の五本線は勅願所を表わす標



二階に上がるのは左右の櫓から




山門から登ってきた参道を振り返る
🔹天満宮


祭神
菅原道真

屋根で緑が育ってる









天満宮の後ろ姿

宝篋印塔

🔹幽霊水鏡の橋




このエリアに当山の中心をなす中興の天岩明啓禅師による「灋王殿/ほうおうでん」があるが現在修復中だったので写真は無し。
天台宗の僧・恵心僧都の作と伝えられている本尊「釈迦如来坐像」<平安末期から鎌倉時代の作>が祀られている。
また本尊に向かって左側には、後醍醐天皇の法衣姿の像、右側には、縁のある地方大名などの位牌が安置してある。
修復中の間は一段上のエリアの方丈に移されているようだ

方丈への真正面の石段

こちらは左側の石段

松瀬青々 句碑

見事に苔むした帽子をかぶった石仏





左手に社務所
🔹方丈 / 庫裏を兼ねている



蝉待洞/せみまちどう かな?
セミの幼虫が穴から出てきてあたりを歩き回りながら安全な場所を探す様子を観察する場所、なんとも風流なことだろう

?




修復中の仏殿の釈迦如来の仮住まい

方丈のエリアに上がるこれは右の石段

方丈と天目かえで
🔹天目かえで


🔹鐘楼


梵鐘は1947年/昭和22年12月に鋳造。以前の鐘は太平洋戦争中に金属類回収令によって供出された。~Wikipediaより

方丈の側面に繊細な枝ぶりの木が小さな庭を造っている

苔と紅葉の落葉

方丈側面のスペースの突き当り、枯山水のムード、軒下には瓦
🔹築山 大痩嶺/だいそうりょう
雪舟作と云われているが、ひっそりとある感じ、告知も控えめだな



南の山中に伸びる道



左手に墓地が現れた


近くを探したが頭部が見つからなかった、今よく見たら一段目の石の上にあるのがそうだろうか?


沢沿いにもう少し登っていく


石仏が森の中に点在、同化している


気が付いたら幻想的な空間に

パワーを感じる

さらに進む



沢に丸太の橋が
ここで引き返すことにした_
今思えばもう少し行くべきだったかと思う
🔹三重塔/多宝塔



三笑橋


本尊
開運毘沙門天


多宝塔西側のエリアに石碑が立ち並ぶ







コントラストが綺麗な境界線
🔹丹丘荘
住職が丹精こめてもてなしをする精進料理のお店、このエントランスのドウダンツツジがこの日の一番の赤だった

参道途中から右手にある

2023年11月27日 参拝
🔷高源寺
鎌倉時代に後醍醐天皇より高源寺号を賜る。円通寺、石龕寺とともに「丹波紅葉三山」の1つとして知られる関西花の寺二十五霊場第4番札所。臨済宗妙心寺派の寺院。山号は瑞巌山。本尊は釈迦如来。

太陽を枝で抑えての一枚、地蔵と紅葉が道を示してくれる。


駐車場に停めて300円を払い入山


🔹惣門



御高札場

南無阿弥陀仏の碑

信長による丹波攻めで焼け落ちたが、弘巌玄猊が柏原藩の支援により再建。丹丘勝処 /たんきゅうしょうしょ は弘巌玄猊の筆
丹丘勝処とは丹 /あかい 丘の勝る所、すなわち「紅葉の勝る所」という意味



ここは本来絶景の紅葉参道
⊳悔しいが最高の写真へのリンク、来年こそ

詳細不明の句碑

野村泊月
「涼しとも いさぎよしとも 額の花」

参道脇も気を抜けない存在感

山門/三門へ

🔹松尾芭蕉 句碑


笈の小文にある句で「伊勢山田」と前書きされている。
西行の歌『何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる』へのオマージュとして貞亨5年2月4日、伊勢神宮外宮参拝の折りの作句と言われているようだ。
西行の歌『何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる』へのオマージュとして貞亨5年2月4日、伊勢神宮外宮参拝の折りの作句と言われているようだ。


紫鳳楼とも呼ばれる。寛政2年/1790年頃、弘巌玄猊による再建。


白い塀の五本線は勅願所を表わす標
リンク
⊳半蔵門ミュージアムの館長が、心に深く響いた53体を語る


二階に上がるのは左右の櫓から




山門から登ってきた参道を振り返る
🔹天満宮


祭神
菅原道真

屋根で緑が育ってる

蒼そらの蒼やふり来し今朝の秋
田村菁斎








天満宮の後ろ姿

宝篋印塔

🔹幽霊水鏡の橋




このエリアに当山の中心をなす中興の天岩明啓禅師による「灋王殿/ほうおうでん」があるが現在修復中だったので写真は無し。
天台宗の僧・恵心僧都の作と伝えられている本尊「釈迦如来坐像」<平安末期から鎌倉時代の作>が祀られている。
また本尊に向かって左側には、後醍醐天皇の法衣姿の像、右側には、縁のある地方大名などの位牌が安置してある。
修復中の間は一段上のエリアの方丈に移されているようだ

方丈への真正面の石段

こちらは左側の石段

松瀬青々 句碑
黄落に見る
中峰の筆のもの
青々

見事に苔むした帽子をかぶった石仏





左手に社務所
🔹方丈 / 庫裏を兼ねている



蝉待洞/せみまちどう かな?
セミの幼虫が穴から出てきてあたりを歩き回りながら安全な場所を探す様子を観察する場所、なんとも風流なことだろう

?




修復中の仏殿の釈迦如来の仮住まい

方丈のエリアに上がるこれは右の石段

方丈と天目かえで
🔹天目かえで


リンク
🔹鐘楼


梵鐘は1947年/昭和22年12月に鋳造。以前の鐘は太平洋戦争中に金属類回収令によって供出された。~Wikipediaより

方丈の側面に繊細な枝ぶりの木が小さな庭を造っている

苔と紅葉の落葉

方丈側面のスペースの突き当り、枯山水のムード、軒下には瓦
🔹築山 大痩嶺/だいそうりょう
雪舟作と云われているが、ひっそりとある感じ、告知も控えめだな



南の山中に伸びる道



左手に墓地が現れた


近くを探したが頭部が見つからなかった、今よく見たら一段目の石の上にあるのがそうだろうか?


沢沿いにもう少し登っていく


石仏が森の中に点在、同化している


気が付いたら幻想的な空間に

パワーを感じる

さらに進む



沢に丸太の橋が
ここで引き返すことにした_
今思えばもう少し行くべきだったかと思う
🔹三重塔/多宝塔



三笑橋


本尊
開運毘沙門天


多宝塔西側のエリアに石碑が立ち並ぶ







コントラストが綺麗な境界線
🔹丹丘荘
住職が丹精こめてもてなしをする精進料理のお店、このエントランスのドウダンツツジがこの日の一番の赤だった

参道途中から右手にある

2023年11月27日 参拝
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