日本最初にして最古の弁財天と言われる。この日も芸能関係と思われる人が参拝されていた。宝くじ発祥の地というのも興味深い
🔷瀧安寺
山号は箕面山、本山修験宗。658年役小角が創建。寺名瀧安寺は後醍醐天皇の勅額を賜って箕面寺から改称された。
🔹鳥居

西江寺もそうだったが、瀧安寺も鳥居を潜って寺の敷地へ、神仏習合が色濃く残る。

🔹山門

🔹観音堂

山門から観音堂へは一直線。2002年再建。
本尊
如意輪観音像(重要文化財)
阿弥陀如来像 / 左
空海、圓珍、千観の三上人 /右
▼とにかく楽しい内容

観音堂の裏にあった宝筐堂/ほうきょう-

🔹二の鳥居

参道はここで左に折れる、まっすぐ行くと大護摩道場がある
🔹大護摩道場


永代大護摩〇〇〇
🔹五所明神社

祭神
山神八大龍王
🔹詳細不明

🔹不動明王
よーく見ないとわからない場所に_


🔹役行者の供養塔


🔹もみじの参道


🔹竹本義太夫の碑

🔹如意輪観音

🔹行者堂 拝殿


神変大菩薩とは役行者のこと。
没後千年以上の後に寛政2年/1799年に当時の光格天皇から送られた諡号。


🔹行者堂 奥殿

祭神
開祖の役行者
不動明王
蔵王権現(大峰山の主尊)

宝篋印塔
🔹三の鳥居

正面が本堂弁天堂


本尊
弁財天/開帳は六十年に一度、次は2048年
後水尾天皇の勅命で明暦2年/1656年に建立された奥殿と拝殿から成る神社形式。本尊弁財天像に加えて脇尊に毘沙門天像と大黒天像を安置する

弁財天が持つヴィーナと呼ばれる琵琶に似た弦楽器の絵

僅かに見える奥殿

🔹神石


樹華の碑と石仏たち
🔹役行者


これはなんだろう?
🔹大黒堂


祭神
恵比寿、大黒の二尊天

絵や陳列物が豊富















手水舎、一筋の水
🔹熊野三所権現社

🔹箕面山神社

🔹白龍大明神

本堂に参拝する人々を見守るように三社が西側の山際に並ぶ

本堂の東側の建物
⊳宝くじ発祥の地について
2023年12月5日 参拝
🔷瀧安寺
山号は箕面山、本山修験宗。658年役小角が創建。寺名瀧安寺は後醍醐天皇の勅額を賜って箕面寺から改称された。
🔹鳥居

西江寺もそうだったが、瀧安寺も鳥居を潜って寺の敷地へ、神仏習合が色濃く残る。

🔹山門
文化6年/1809年に、京都御所より移築。総﨔/けやき造り。

🔹観音堂

山門から観音堂へは一直線。2002年再建。
本尊
如意輪観音像(重要文化財)
阿弥陀如来像 / 左
空海、圓珍、千観の三上人 /右
▼とにかく楽しい内容

観音堂の裏にあった宝筐堂/ほうきょう-

🔹二の鳥居

参道はここで左に折れる、まっすぐ行くと大護摩道場がある
🔹大護摩道場


永代大護摩〇〇〇
🔹五所明神社

祭神
山神八大龍王
🔹詳細不明

🔹不動明王
よーく見ないとわからない場所に_


🔹役行者の供養塔


🔹もみじの参道


🔹竹本義太夫の碑

🔹如意輪観音

🔹行者堂 拝殿


神変大菩薩とは役行者のこと。
没後千年以上の後に寛政2年/1799年に当時の光格天皇から送られた諡号。


🔹行者堂 奥殿

祭神
開祖の役行者
不動明王
蔵王権現(大峰山の主尊)

宝篋印塔
🔹三の鳥居

正面が本堂弁天堂


本尊
弁財天/開帳は六十年に一度、次は2048年
後水尾天皇の勅命で明暦2年/1656年に建立された奥殿と拝殿から成る神社形式。本尊弁財天像に加えて脇尊に毘沙門天像と大黒天像を安置する

弁財天が持つヴィーナと呼ばれる琵琶に似た弦楽器の絵

僅かに見える奥殿

🔹神石


樹華の碑と石仏たち
🔹役行者


これはなんだろう?
🔹大黒堂


祭神
恵比寿、大黒の二尊天

絵や陳列物が豊富















手水舎、一筋の水
🔹熊野三所権現社

🔹箕面山神社

🔹白龍大明神

本堂に参拝する人々を見守るように三社が西側の山際に並ぶ

本堂の東側の建物
⊳宝くじ発祥の地について
瀧安寺では毎年正月元旦から七日間行われる法要の後、お札(護符)を参詣者に抽選で配布していました。
参詣者は灯明料を納めて木札を貰い、これに自分の名前を書いて富箱/とみばこと呼ばれる大きな箱に入れます。箱の上の小さな穴から寺僧は先に錐/きりをつけた長い棒で突き、突きささった木札の人に護符が授けられました。
護符を授かった人には福徳があるとされ大変な人気でした。これを「富くじ」または「箕面の福富」とも言いました。
護符を得た者は遠方でも夜通し駆けて持ち帰りました。途中で他家に立ち寄ると福はその家にとどまるので、数人一組で食事や休憩も交替でとり護符を持つ者は必ず屋外にいたそうです。この箕面の福富が我が国における「宝くじ」のはじまりと言われています。
minohkankou.neより引用
2023年12月5日 参拝
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