古くは神功皇后、そして八幡太郎義家、そして4代将軍 徳川家綱ゆかりのこの地、かつては船寺という寺があったことからその鎮守としての始まりだった
🔷船寺神社
古来よりこのあたりは深淵と呼ばれており、江戸時代中期に船寺谷と呼ぶようになった。
すぐ横を流れる都賀川は、2008年の氾濫事故が思い出されるが、太古の昔より水害はやはり厳しいものがあったようだ。
そんな水難を封じるため888年/仁和4年に京都の石清水八幡宮から八幡大神を勧請し、都賀川が流れる東の方角に向けて社殿を構えた。
また、八幡太郎義家が航海中に光に導かれてたどり着いたのがこの地、深淵であり。源氏の八幡信仰のそのもの神功皇后の縁の地と知って感動し八幡大神と天照大御神を祀った
🔹鳥居

左の石柱に厄除東向八幡宮とある。同じ表記のものが2号線沿いにも大切にガードされて残っている↓

2号線に面して立つ


石畳は拝殿前で鍵型に曲がっている、何か不自然だ。

2つの灯篭の間を行くと右手に並ぶ石碑

すぐ後ろは阪神本線

🔹拝殿


見事なネーミング

このすぐ近くで造られている日本酒たち

祭神
八幡大神
配祀神
天照皇大神
春日大神

小さな北門と納札所
🔹岩楠社

かつての神木を祀っている
🔹岩船稲荷大明神
境内の北側の外壁に沿って赤鳥居が並ぶ



赤鳥居にボケの花



社務所

寒椿と松

船寺神社から車で数分の所に川津桜が満開だと聞いた
🔷西郷川河川公園


まだ低木だが色合いは見事なピンク、菜の花も早咲きの河津桜につられて咲いている。

根を保護しているのだろうか?ブルーシートの青が意外と◎

2024年2月24日
🔷船寺神社
古来よりこのあたりは深淵と呼ばれており、江戸時代中期に船寺谷と呼ぶようになった。
すぐ横を流れる都賀川は、2008年の氾濫事故が思い出されるが、太古の昔より水害はやはり厳しいものがあったようだ。
そんな水難を封じるため888年/仁和4年に京都の石清水八幡宮から八幡大神を勧請し、都賀川が流れる東の方角に向けて社殿を構えた。
また、八幡太郎義家が航海中に光に導かれてたどり着いたのがこの地、深淵であり。源氏の八幡信仰のそのもの神功皇后の縁の地と知って感動し八幡大神と天照大御神を祀った
🔹鳥居

左の石柱に厄除東向八幡宮とある。同じ表記のものが2号線沿いにも大切にガードされて残っている↓

2号線に面して立つ


石畳は拝殿前で鍵型に曲がっている、何か不自然だ。

2つの灯篭の間を行くと右手に並ぶ石碑

すぐ後ろは阪神本線

🔹拝殿


見事なネーミング

このすぐ近くで造られている日本酒たち

祭神
八幡大神
配祀神
天照皇大神
春日大神

小さな北門と納札所
🔹岩楠社

かつての神木を祀っている
🔹岩船稲荷大明神
境内の北側の外壁に沿って赤鳥居が並ぶ



赤鳥居にボケの花



社務所

寒椿と松

船寺神社から車で数分の所に川津桜が満開だと聞いた
🔷西郷川河川公園


まだ低木だが色合いは見事なピンク、菜の花も早咲きの河津桜につられて咲いている。
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根を保護しているのだろうか?ブルーシートの青が意外と◎

2024年2月24日
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