神戸ストリーム

From traditional light and darkness of Japan and the importance of nature from Kobe… / 日本の伝統的な明と暗、そして自然の癒しを神戸から… / © 2006 神戸ストリーム Corporation.

カテゴリ: 岡山

児島の大崎(玉野市)「大崎八幡宮」。 ここを「宮山」と言い、元はといえば島であったとされる。 また、付近は海流渦巻く所であった事から「渦の宮」とも称されたと言う。   昭和32年ころ掌水路建設工事の際、写真の第一鳥居より100m北方の大崎小学校近くの干拓地用 ...

江戸末期から明治にかけての「神仏分離令」「廃仏毀釈運動」以前は神仏習合という形で神社に神宮寺が建てられたり、寺に鎮守神を祀ったりが行われていた。 そんな中この由加山においても蓮台寺から分離しこの「由加神社本宮」が出来上がった。      備前焼大鳥居とその ...

権現とは? 人々の願いをかなえるため、仏が権(か)りの姿として現れたのが権現様というそうです。 瑜伽大権現・由加山蓮台寺 ≫縁起のおはなし  先に訪れるのが蓮台寺。 隣り合わせの「由加神社本宮」とは明治初期の神仏分離令、廃仏毀釈運動ののちは、どうも折り合い ...

駐車場の前が表参道入り口。 過去に和気の由加神社、そして後楽園内の由加神社に参拝はした。 ここが総本山である。 山岳名に関しては「瑜伽山」を正式名称としており、「由加山」は通称となっている。 標高は274m。古来より磐座信仰・山岳信仰の対象とされていた瑜伽山に ...

由加山に参拝する道中、この美しい渓谷沿いに人々は歩いた ≫豊玉姫命   龍王宮の案内板の横にあった。    ≫一、二、三の滝の様子   土手を少し降りると橋があり、鳥居が現れる。 椿の木がその真上にあるようだ   ゆったりと大きな覆屋に覆われて居心地がよさそ ...

二日目の大きな目的は、この地「児島」にあって古来より磐座信仰・山岳信仰の対象とされていた山「瑜伽山(ゆがさん)」通称「由加山」へ行くこと。 その道中、地名は「滝」というところにちょっと気になるエリアを見つけたので寄ってみた。        早滝比メ神社    ...

晴れていれば夕日を見ようと計画していた場所へ行こう。 頂上へは海岸線の国道430号から車で20分ぐらいで上がることが出来る。 駐車場も広く、無料。 結論から言うと「ここはすばらしい」。 朝日も夕日もここで見てみたいと思った。 『王子が岳』      駐車場か ...

日の出を見る場歩をと考えていた。 天候が危ういので半ばあきらめ気味だったのだが、MAPで「日の出公園」というのを見つけ、そこに決めた。 海抜0メートルから見る日の出も久しぶりだ。    日の出公園から砂浜に降りて... 空はやはりくもり    少し空に色が入っ ...

宇高国道フェリーの発着場を左手に見ながら町へ向かう。    大正七年創業の石炭・石油・油脂・塗料・船具に関する会社の発祥の地、今は本社ではなく「玉野営業所」。 戦前は日本国内で五大石炭商の一に数えられた。 今も当時の面影を残す建物は目立つ。    玉野市の ...

今回の旅は雨と仲良くしなければいけないようだ。 室内で楽しめる「資料館」や「美術館」等の情報もしっかりと持って一気に岡山県玉野市・宇野港を目指す。  2号線から30号線に入り南下していく。 途中、「道通宮」という案内板を見たので、体が勝手に左折してしまった ...

津山から一路、旧閑谷学校へ岡山を南北に縦断する途中、岡山県下最古の木造建築を美作市真神に見た。 鎌倉時代の弘安8年(1285年)建立の三重塔(国指定の重要文化財/国宝と記載する資料もある)がそれだ。 もっと古いのがありそうなものだがなぁ...   ずいぶんと遠 ...

折り返し、出雲街道を西に向かう。   本家忠兵衛鎌製作所   すぐ真向かいは、緑繁る木と模様が美しい戸の家(旧梶村家住宅)。このあたりはNHK「あぐり」ロケ地。 通りの昔ながらの家は、道に面し、屋根が低くつくられている。 これは、この出雲街道を大名行列が通ったと ...

大隈神社 寺下通りの中間あたりにある。 鶴山城鬼門守護として代々国主の崇敬特に厚く、大橋*以東の産土神として多くの人々に崇敬されている。 御祭神 大国主命 少彦名命 ≫津山まつり城東 大隅神社秋の大祭の模様 大橋*・・・津山城の東側に流れる宮川にかかる城下町へ ...

津山城・鶴山公園をあとに、城下の保存地区「城東町並保存地区」をすべて歩く計画。 登ってきた「元京町門」ではなく城の東側の「旭門」に向かう。 石段を降り宮川沿いに北上、スタート地点の真っ赤な「稲荷橋」へ。 千代稲荷神社がある。   津山情緒の「八出の花売り ...

美作滝尾駅から市内に戻る途中、あえて農道を走った。 どの村だったか忘れたが、木彫りの地蔵様が置かれた交差点があった。     いつから置かれているのだろう?    石碑の破片のようなものを祀る祠があった。    時計が町中に置かれているのも、このあたりの特徴 ...

戦前に建築された古い木造平屋作りの駅舎は「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭のシーンに登場し、駅前には映画の撮影が行われたことを記念した碑も建てられている。2008年11月に登録有形文化財に登録された。 また、この駅は現在 ...

現存の社殿は永禄2年に尼子晴久に よって再建されたときのもので、入母屋造妻入の他地方には例を見ない「中山造」と呼ばれる構造となっており、大正3年(1914年)に国の重要文化財に指 定されている。境内正面入口の鳥居も「中山鳥居」と呼ばれる独特の構造である。 和銅6年 ...

津山歴史民族館は古い教会をそのまま使っている。 館内には「森本慶三記念館」と「歴史民俗館」が同居。 ≫森本家とキリスト教図書館   この博物館でおおよその津山のことは知ることが出来る。 というわけで津山の町並みに興味が生まれ、翌日にたっぷりと歩くことになる ...

万葉集の第十六巻にこうある 『勝間田の 池は我れ知る 蓮なし しか言ふ君が 鬚なきごとし』 ≫解説 ≫参考 そして偶然にも岡山、出雲街道沿いに「勝間田」と言う町があり、かの森欄丸殿の弟・森忠政が築いた「津山城」の城下町に「勝間田町」がある。 とにかくそこに行っ ...

信長公の側近として本能寺において殉死した森 欄丸の弟が津山藩主となり、二代目藩主が築いたとされる。 現存しているのは当時の三分の一というも ので、無料はありがたいが、先月に訪れた岡山市内の「後楽園」と比べては感動のレベルではない。 が、津山の歴史上、重要 ...

鎮座地は、昔、土師之森と呼ばれており、当社は「土師宮」とも称されていた。現住所は岡山市四御神(シノゴゼ)字土師之森、四御神(シノゴゼ)というのも意味ありげな地名だ。一説によると、大神朝臣という人(太田多泥古命の末裔)が、奈良時代末期に、大和国大三輪神社の ...

今からおよそ300年前 岡山藩2代藩主 池田綱政が自らのやすらぎの場として作らせた庭園 後楽園 岡山城の堀を挟んで北側にある。車を堀の南西側の道路沿いのパーキングに停めて、西門から入場することにした。長い月見橋の途中から岡山城を見た。     岡山城外観は黒漆塗の ...

創業60年 中華そば店 「あまいからい」で遅い昼食。ここ岡山駅東口から北に伸びるあたりは、いわゆる「ラーメン激戦区」。その中にあって超有名店だが、ラーメン人気ランキングとかでは、最近はあまり名を聞かないという。 創業60年ということと、屋号の「あまいからい」に ...

備中一宮  吉備津神社崇神朝四道将軍の随一 大吉備津彦大神を主祭神としている 備中国と備前国の境にある吉備中山(きびのなかやま)の北西の麓に北面して鎮座する。元々は吉備国の総鎮守であったが、吉備国が三国に分割されたときには備中国の一宮となり、備前国・備後国 ...

備前一宮 吉備津彦神社  第10代崇神天皇の御世の四道将軍のひとり「大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)」を御祭神とする。大化改新の後、吉備国が備前・備中・備後に分割された後、備前の一宮として崇敬されるようになる。 ちなみに備中一宮が「吉備津神社」(このあ ...

昨夕の金甲山のすぐ横の山、同じ児島半島にある貝殻山に朝も暗いうちに向かう。 貝殻山 標高約289m    ↑のサイトの中に貝殻山古墳についての説明がある。⊳貝殻山 名前の由来金甲山のダーティなイメージとは異なり、貝殻山はほんわかとした高齢者に人気の山だそうだ。 ...

坂上田村麻呂が由加山の鬼退治に向かう際に、戦勝を祈願して金の甲を山中に埋めたという伝説がある。その山に上る。 金甲山(きんこうざん)標高403.4m。 金甲山のある児島半島はかつて吉備児島と呼ばれる島であったという。奈良時代から干拓が始まり江戸時代初頭に吉備児島 ...

瀬戸内市長船(おさふね)町土師 片山日子神社地名におもむろに「土師」とある。言うまでも無く「土師氏」ゆかりの地であることは間違いない。  駐車場はないさきほどの美和神社と同形の門戸の神がいらっしゃる神門。    阿吽の備前焼の狛犬は、どちらも足を怪我してい ...

岡山は瀬戸内市、牛窓には向かわず内陸へ長船町東須恵にある広高山(旧三和ノ峰166m)に登る。山頂には奈良の大神(おおみわ)神社を勧請したと言われ ている美和神社がある。いつごろ勧請したのかは明らかではないが、この地に移住してきた須恵器の陶工集団と深い関係があ ...

戦前には紙幣にも印刷されるなど、楠木正成公と並び、勤皇の忠臣と見なされる和気清麻呂。その和気氏の故郷の「和気神社」を訪れた。 歴史がお好きな方はよくご存知だと思うが、念のため分かりやすい解説のあるサイトをピックアップしておく。⊳和気清麻呂山陽自動車道「和 ...

旧閑谷学校 池田光政はどのような考えを持ってつくったのか 日本最古の庶民の学校 後編はその精神にスポットを当ててみる 旧閑谷学校には三つの聖域がある  まず一つめ 聖廟(孔子廟とも西御堂とも)⊳案内図🔹少し儒教の知識を... 光政は江戸幕府が推奨し国学としてい ...

⊳案内図      公門 ⊳案内図 飲室門 ⊳案内図⊳案内図   国宝 講堂  ⊳案内図 ⊳講堂についていろいろ この講堂で論語の授業は今も行われている。遥か300年以上前と同じ光景が今でも見ることができるのだ。学生たちは皆靴下を2枚履いているそうだ。 🔹池田光政 ...

先ほどの「深谷(みたに)の滝」から西へほどなく三石神社につく備前市三石というレンガで有名な町、土質が、窯業にふさわしいのだろう。三石神社(別名:孕み石神社、三石明神社)   ⊳神功皇后についてのサイト⊳神功皇后と牛窓とその伝説    小さな祠に小さな「孕み石 ...

深谷「みたに」と読む 三石城のある城山の麓には深谷の滝がある。備前、播磨の境にある石堂丸山を源とするこの滝は、高さ13m、幅3m、一直線に落下する雄滝と、それを受けて更に水が躍る雌滝とが美しく調和をしている。   少し前までは木の鳥居だったのだが、今はこのとお ...

日光山 千手院 正楽寺(しょうらくじ) 中国三十三観音霊場 第三番札所 高野山真言宗 報恩大師749年開基 正楽寺を調べていると、おのずと熊沢蕃山(ばんざん)が浮かんでくる。江戸時代初期の陽明学者で、幕末には、蕃山の思想に吉田松陰などが傾倒し、倒幕の原動力とな ...

備前市十景 鏡岩神社に向かう 暮雪とは夕方に降る雪。また、夕暮れに見る雪景色。 輪達があるが、車を停めて山に向かって歩く。左手は切り立った山肌、巨岩がところどころ埋まっているようだ。落石が怖いな   一の鳥居   鳥居を超えてまもなく右側に、しめ縄された大きな ...

備前市に鑑真和尚 開祖と伝えられる寺があるという。場所は伊部から北西に直線で3kmといったところだろうか。早朝の伊部の町並みを見ながらゆっくりと登っていった。備前焼の塀 🔹大滝山 福生寺 高野山真言宗 地図で見れば山陽新幹線に平行して少し北側を走る道路が「山陽 ...

千年の歴史を持つ備前焼は須恵器の流れを汲んでおり、鎌倉時代から本格的に焼かれ、安土・桃山時代には茶陶として隆盛を極め、多くの名品を生んだ。 その須恵器と同時期には土師器(はじき)というのがあるが、その違いについて詳しいことは↓を参照 土師器の語源は、陵墓 ...

『虫明の 迫門の曙 見る折ぞ 都のことも 忘られにけり』平 忠盛 この場所からの朝日の写真を見て、この岡山行きが決まった。いろんなところで朝日を見て、そのすがすがしい感動は、例えようが無く、私の中でかけがえのないものとなった。瀬戸内市邑久町(おくちょう)の東部 ...

広島県東部に位置する備後地方や、香川県島嶼部(とうしょぶ)*などと合わせ広い地域を、古くは「吉備国」と呼び、大和朝廷に並ぶほどの強大な勢力を持っていたことがわかっている。島嶼部(とうしょぶ)とは大小さまざまな島がある場所のこと。2011年、いよいよ吉備国に足を ...

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